アムールテツアムールテツ ダンボルギーニで連れってて
天井知らずの爛漫は今夜も炸裂していたと思う。こんな世間知らずの彼女が博多に身を置いていた事をわたしは忘れない
どんな思いで大阪から博多へとやって来たのか、アイドルへの道はもしかしたら近くにあったのではないか…
なのに知らない土地までやって来た
辛い事だらけだったでしょう。
言葉も環境もまるで違うその街で支えてくれたのは友達でもなかった同期のメンバーや先輩後輩、スタッフさん達。
感謝の言葉を綴る今夜の君をわたしは涙なしには見れなかったです。
大好きな日向に敢えて言いたい事
「らしさを忘れずに」
君らしさはみんな知っている
迷ったらそのまま行きなさい
それが松本日向なんだよ
これからもずっと君らしく
卒業おめでとう、そしてありがとう🎈
コースケのトーク
トーク情報コースケ - コースケ
コースケ アムールテツお疲れ様です、ご無沙汰ですね。それより…明けましておめでとうございます。今年もよろしくお願いしますね わたしの一人言を聞いてくれていつもありがとう 一人でいると感情の波に酔いそうになりますが、それを乗り越えられるのは人の暖かさだと最近余計に感じます コースケ君が未だにこのトークを見にきてくれてる事が 些細な事だけど嬉しいです笑 ありがとう🍀お疲れ様です!
そっか、年明けの挨拶がまだでした!
755はたまにしか開かないからもう1ヶ月以上過ぎちゃいました😋
755は私にとって初めてのSNSだったからホームのような感じなのかな。
そのホームにはアムテツさんもいて連絡は取ってはいないけど他のみんなもいつまでもいるような温かい場所って勝手に思ってます😊
また懐かしい人も755に戻ってきてくれたようなので755を開く頻度も上がるかな😊
という事で、今年もよろしくお願いします。 コースケ りこりこ きっと私は承認欲求が人一倍強くて、なのに、誰かのために生きてしまう自分が、ずーっと嫌いで仕方なかったけど最近は少しずつ好きになれてるんだ
正直755をやっていたあの頃の自分、承認欲求でまみれた私のこと、記憶から消したりたいくらい嫌いだった。だから戻ってこなかった。
でも、自己分析をしているうちにそんな自分も可愛いじゃん?って思えるようになった。そして、あの時周りにいてくれた人を振り回してた自分をとっても反省した。
私はどこまでも平凡な人間だけど、そんな平凡な人間に愛を注いでくれた人たちがいたんだってこと、今の私の自信にもつながってます☺️
これからあの時いた誰がこのトークを見てくれるか分からないし、もしかしたら見てくれないかもしれないけど、どこかで伝わってたらいいな
そんな私の夜中の独り言🌙
(お酒はまだ3割しか飲んでないから酔ってないのに最近の頭の中書いちゃった)コースケ りこりこ 高校3年が終わろうとしていた頃、私たちの当たり前は突如奪われました。
突然の休校
簡素化された卒業式
入学式中止
なかなか始まらない大学の授業
やっとの思いで始まった授業は全てオンライン
私たちが思い描いていたキラキラした大学生活はそこにはなく、待ち受けていたのは、家でただ呆然と過ごす日々でした。
緊急事態宣言が解除され、少しずつ日常生活が戻ってきた秋頃、先輩たちは私達を沢山ご飯や旅行に連れて行ってくださいました。
でも、飲みに行こうとすると、遊びに行こうとすると、決まって大人たちは怪訝そうな顔をしてこう言いました。
今くらい我慢しなよ
いつだったか忘れましたが、そんなことを言われ続けていたある日、親に向かって泣いて怒ったことがあります。
若い頃、当たり前の生活を送れていたあなたたちに何がわかるの?あなたたちにとっては、社会人生活の何十分の一かもしれないけど、私にとっては大学4年間の貴重な1年なんだよ、
思い描いていた大学生生活を何もできていないのに、時間だけが過ぎていく現実が苦しかったのをすごく覚えています。
今思えばママもかわいそうだけどね笑
私たちは、コロナの被害を1番受けた可哀想な学年だと言われ続けてきました。コロナがなかったら、、と勿論何度も考えました。
でも、大学のお友達は少ないけど、大学なんて数えられるくらいしか通えなかったけど、飲み会の数もきっと少ないけど、合宿だって何回も見送ったけど、その分ひとつひとつを大切に過ごせたし、きっとこれから先一生近くにいてくれる親友もできました。
周りから見たら可哀想な人たちかもしれないけど、別に自分のこと可哀想だなんて思ってません
だって、3年間とっても楽しかったから☺︎
最近、ようやく私たちに当たり前が少しずつ帰ってきたなと思う事が多くあります。もう大学4年生になっちゃいますが、、
3年かけてようやく取り戻せたあたりまえの学生生活を、1年かけて謳歌しようと思います。
可哀想な学年ではなく、今を楽しむことのできる最強の学年でありたいな。
なーんてだらだら書いてたけど、とりあえずあと1年で大学終わるのやだなあ、、楽しかったなあ大学生、、🥹!!って気持ちです
明日から最高学年!がんばります!!!!
みんなも頑張ろうね!コロナに負けないよ〜コースケ りこりこ きっと他の人から見たら、お金に苦労もせずやりたい事をやらせてもらって、就職も決まって、サークルで忙しくしてて、幸せな人間に見えるかもしれないし、もしかしたら幸せなのかもしれないけど、悩みがないわけじゃないし、私なりに苦労もしたし、頑張ったし、辛い時もあったし、、
って私が思うんだから、きっと私が羨んでるあの人この人もきっとそうなんだろうね
みんながみんな他人を羨んで自分なんかと思って、でも下を見て少し優越感を感じてみたりして、
そんな日があってもいいし、そう思うのは当たり前なんだと思うけど、でもそう思っても何も変わらないから自分を愛してくれる人を大切にして、その人たちだけを見て生きていきたいよね☺️🫶
本当に愛してくれる人は見返りなんて求めてないしね
みんな生きてるだけでえらい💐コースケ りこりこ エースが3人一気に辞めてしまい戦力が明らかに落ちてしまったあの時、私の同期はある目標を立てました。
『全員出して全員で勝つ』
そう後輩に宣言したのに結局去年は固定の3発メンバーしか出さず、その様に激怒した日を今でも覚えています
「無理な目標を立てて後輩に期待させ裏切るのは違うんじゃないか。昔と今は違うんだよ。」
ですが、間違っていたのは私だったのかもしれません。
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高校を卒業して華の大学生活を送るはずが、コロナ禍に入り部屋でネットサーフィンをするしかなかったあの時期に、Twitterで〇〇・サークルと調べて1番上に出てきたのがこのサークルでした。
あの時から4年、私は偉大な先輩方に数々の素敵な瞬間を経験させてもらいました。私たちの代になるまでの3年間、全大会優勝でした。週2で会ってるのに、先輩方に毎週のようにご飯に連れて行ってもらい、私の大学生生活は---で埋め尽くされていました。
3年生の春大会の期間、病気をして入院・手術をしました。術後仰向けで身体が全く動かせない状態だった私は、試合の開始時間に合わせて解熱剤を投与し40℃の熱を無理やり下げて、試合の中継を1人病院のベッドで見ていました。
気づけば私はこのサークルが大好きになっていました。---というチームも、そこにいる人たちもみんな大好きでした。先輩方が作ってくださったこんなに素敵なチームを壊してはいけない、私が味わった幸せな経験を後輩にもさせてあげたい、その一心でこの1年駆け抜けてきました。
ですが、マネージャーはあくまでマネージャー。その事実に苦しんだ1年間だったように思います。大好きだった---を守りたいと思う反面、マネージャーである以上、私にできることに限りがありました。不器用で馬鹿な私は、プレイヤーにここをこうした方が良いのではないかと偉そうに口をたたき、衝突したことも何度もありました。その度に同期マネージャーを始め、先輩後輩に支えられながらひとつひとつ乗り越えてきたように思います。
この1年を振り返り、当初掲げた先輩方が作ってくれたこのチームを守るという目標が達成できたとは思いません。あの秋大会の期間を思い出すと、後輩には申し訳ない気持ちでいっぱいです。ですが、とっても自分勝手ですが、そんなもがいたこの1年は私にとって人生の中で大切な1年だったと思いますし、私がいた---は間違いなく素敵なチームでした。
あの悔しさから1年。全員出して全員で勝つ。無理だと思ってたそんな目標を1年かけてようやく叶える時がきました。
私が間違えていたんだとみんなが証明してくれる、そんな日が来ました。
きっと今日は私の大切なかっこいい同期が魅せてくれることでしょう。
大好きな---に感謝を込めて。
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改めまして平素より---をご支援いただき感謝申し上げます。今後の---も変わらぬご指導ご声援のほど宜しくお願い致します。コースケ りこりこ 筆を取ろうと決めたのに、なかなか何を書いて良いのかわかりません。このような形で人を亡くすのは初めての経験で、理解が追いついていないのが正直なところです。
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755を始めたばかりの頃、貴方が私を見つけてくれました。
振り返れば、沢山貴方を振り回してきたように思います。ごめんなさい。
やめると言ったかと思えばすぐ戻ってきたり、2、3年帰ってこなかったり。でも毎回帰ってくるたびに、「おかえり」と大きな優しさで、私の場所を用意して待っててくれている貴方がいました。
私だけではなく、その周りの人も居場所を用意して待っててくれる貴方がいました。
すわんちゃんずと呼ばれたあの仲間があれだけ仲良くなったのも、8年経った今でもまだ繋がりがあるのも、全て私のおかげと言ってくれていたけれど、私はただきっかけを作っただけで、貴方の大きな優しさがみんなを繋いでくれていたのだと思います。
沢山いたフォロワーの中でも貴方は私にとって特別でした。初めて会った人、みんなを繋いでくれた人、そして誰よりも私を見守ってくれていた人。
そんな貴方は、私にとって、遠い場所で見守っててくれる優しい優しい親戚のおじさんのような存在でした。だから沢山貴方には甘えちゃったし、沢山甘やかしてもらったし、時には素直になれない時もありました。
出会ってから8年。こういう時くらい気の利いた言葉を書きたいのに、今貴方に、ずっと大きな優しさで見守ってくれていた貴方に、なぜかこんなことが聞きたいです。
アムテツさん、りこ、少しは大人になれたかな?
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あの時こうしていれば、そんなことばかり今は後悔ばかり考えてしまいます。
でも不思議と、私の頭に浮かぶ貴方は、子供のような笑顔で大きな声で笑っている貴方ばかりです。今、貴方が愛した猫ちゃんたちと、その笑顔で笑っているのでしょうか。
そしてその笑顔に今また背中を押してもらえている気がします。いつも助けられてばかりでごめんなさい。
でも、あの時14歳だった私ももう22歳。
来年から社会人になります。
貴方がいないこの世界は少し心細いけど、貴方からもらった愛を今度は与える側になりたいと思います。
そして貴方が大切に守って繋いでくれた755を今度は私が守り続けようと思います。
沢山の愛を本当にありがとう。
P.S.
IWA実は結構楽しみにしたたんだ、乾杯したかったな。いつか皆で乾杯しよね、でもまだまだりこ長生きするから、猫ちゃんたちとのんびり待ってて!