Yukie のトーク
トーク情報- Yukie
Yukie 国際結婚について
ワタシの国際結婚に対する意見を述べてみたいと思う。
ワタシは未婚で結婚をしていなければ、国際結婚もしたことがない。ただ、身内に国際結婚をした者がいるから、近くでその結婚を見ていて、また、テレビやニュースなどで知った国際結婚について述べてみたい。
まず、家族を築くと言うことはある程度の金銭が必要になる。
そして、同じ国同士の結婚生活でも山あり谷ありである。国の違う者同士で結婚して、片方が片方の国で生活し始めて、仕事が有れば良いが、もしくは相方の収入が家族を支えるだけの収入があれば、それでも良いのかもしれない。
だけど、夫婦で離婚を決心したり、一時帰郷を考えたりすることもあったりすると、その交通費や生活費を相手が出してくれるとは限らない。
恋だの愛だの言える間は良いが、もし子供が生まれると、親としてその子供を育てる義務がある。恋や愛だけでは生きていけない。目の前には現実がある - Yukie
Yukie 続き。
人間というのは複雑で、また自分の血の分けた子供の親権争いなどというものも問題になったりする。帰国したくても、法律の定めで相手の国から出国できない場合もある。
大概どの国でもその国の国民を優先するのが普通である。また帰国できたとしても、長く離れていた母国でブランクもあり、その国民であっても、年齢や色々なハンデで、職を見つけるのが難しいかもしれない。
世の中の大概にはコストがかかる。日本人の場合、海外の人たちに魅力を覚えるのも解るが、そう簡単に国を行き来するのは実家が金持ちか、たまたま仕事に恵まれた場合じゃないと難しい。
30歳で結婚したとしよう。それから50年くらい何もなく平穏で過ごせる夫婦なんて少数だと思う - Yukie
Yukie ワタシの初恋
ワタシは幼い頃から保育園通いしていた。その頃は友達同士仲が良かったが、恋をするってことはなかった。ワタシは恋の目覚めは保育園に通っていた割には遅い方だったと思う。恋じゃなくて人間関係全般において、先生達に導いてもらわないと、また相手から来てもらわないと人間関係を築くことはなかなか出来ない方だった。
小学校に進学し、友達作りが下手なのは相変わらずだった。小学校1年生の時は休憩時間になると、隣の組の女の子(同じ保育園卒)と遊んでいた。主に外の広場で。男の子と遊んだ覚えがない。その女の子が1年の途中で引っ越しされ、ワタシは孤独になった。小1と小2はクラスが同じで、担任の女の先生が優しかったので、なんとか学校で過ごすことができた。
小3でクラスが変わり、小3小4と同じクラスだった。3・4年は給食の時間に仲の良い友達と一緒に食べる決まりでしたが、言葉が少ない寡黙なワタシはなかなか食事仲間を作れなかった。友達がいなかった。とても孤独で精神的に辛い、3・4年を過ごしたが、ある日、学校に消しゴムを持って行くのを忘れて半べそをかいていたら、隣の席の男の子がそっと消しゴムを貸してくれた。◯◯君だった。それから◯◯君のことが気になり始め、自分の惨めな姿を見せたくないと思った。
5年になり、◯◯君とクラスが別々になり、5・6年はワタシと仲良くしてくれる女の子グループができ、仲良くしてくれる女の子達に感謝致しながら日々を過ごしたら、小学校が終わり、中学校に進学した。
◯◯君もワタシも同じ地元の中学校に進学したが、3年間1度も同じクラスになることなく次第にワタシの頭からは◯◯君が離れていった。
ワタシは女子高に進学したので、高校・大学は◯◯君とは違う学校で過ごした。
だけど、◯◯君が貸してくれた消しゴムと優しさは今でも心に残っている