話した内容は男と男のお話なので言いませんが
ぼくは割と率直に言いました
違和感が凄いこと、着いてく気は無い事
当たり前にやれる人だけではない、という事
言葉が難しい事、人に興味を持つ事
人の興味を知る事
沢山お話をしました。
ぼくも人です、間違います、正解者じゃありません
どれが正解かも知りません
でも人として、の真ん中は知ってます
お仕事や大事な事での連絡は大事です
そりゃすぐにでも反応しましょう
でも、目の前に人がいて話をしてる時に
プラメがきた、755更新、SHOWROOM始まった、で話ぶった斬って
それが当たり前、なんてぼくには出来ません
ぼくは信じてもらえない事の辛さを知ってるから
どんなに違和感があってもその人を何度も信じようとしてます
握手中によく分からないインスタにコメント着てても
あいつの仕業かな、とは思いつつ
あいつでもまだ何とかなるのでは、とか思ってます
だから仲の良いであろう人達の事は信じてます
でもね
言い訳だったり、その場その場の顔だったり
出来なかった事への言い訳や、行った事への言い訳だとか
そういうのではないのだよ、心がある言葉って。
行きたきゃ行けばいいやん、誰の顔色気にしてんの
違和感感じてんのは前からだから気にすんなよ、信じてんだから。
話に入らないのも話通じる人たちだけだ話とかばいい
マジムリの時から自分から距離置いてんだよ
この人の話は聞いておかなきゃな、って思ってたんやけど
ちゃんと話せるお友達がいる、ってのを全面に出されたら
もうぼく居る意味ないな、ってとても思った
時間たっぷりかけて書いたLINEのこうやないかな、ってのも
全部そのお友達からの言葉に変換されてて
あ、うん
ってなった
信じておる
けど、ぼくだって人だ
心はある
自分の言葉だって持ってるつもりだ
どう伝えれば双方に壁がなくなるかな、とか
どう言葉の間違いを、とか
どっちが悪いか、とか
どれだけ6日行きたくなかったか。
ぼくは人の為に時間を沢山使ってきたよ
何の意味もないお年賀や絵
誰も感動するとは思えない言葉
お手紙とか付ける意味なんてないのにね
それでも12月全部、1月も少し
それで疲れてる、なんて言いたくないし
言うのも失礼だし
なんかね、喜んでくれてる事すら
もう嘘に見えてくる
まだ一人にだけお渡し出来てないけど
取り敢えずは欲しいと言ってくれた方にお渡しして
ぼくのやる事は終わった感じ。
ちょっと間信じるの疲れました。
違和感はもう嫌です。
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