シンジのトーク
トーク情報- シンジ
シンジ ユーノス500がデビューして34年経つのか…。
マツダが大勝負に出たディーラー5チャンネル化計画。結果は大失敗だったけれど、それにリンクしてマツダのデザインがグンとレベルが上がった。
ユーノス500とユーノス800は、その中でも傑出していたと思う。
https://x.com/i/status/2019320086838780207 - シンジ
シンジ 落合信彦さんが亡くなられた。
胡散臭い、ペテン師…等と批判してる連中がいることは知っているけど、僕は好きだった。
80~90年代、国際ジャーナリスト、作家としてバリバリ活動していた落合さんはめちゃくちゃカッコ良かったし憧れた。
今アラフィフの男性にそういう人はかなりいるはずだ。
裕福ではない葛飾の破天荒な父親と優しい母親のもとに産まれ、独学でネイティブレベルまで英語を学び、自力でアメリカのオルブライト大学へ留学、ロバートケネディの選挙活動に参加し親交を深め、暗殺も身近な出来事だった。
卒業後は、仲間とオイルビジネス…と言っても、石油が出そうな場所を探し当て大手石油会社に売る大博打の様なアップストリーム(石油を販売するのをダウンストリームという)で稼ぎまくり、世界中の危険地域を飛び回っていた。
その後、ネイティブな英語と世界中に作った人脈を活かした、国際ジャーナリスト、作家へと転身した。
書いたものに対していろいろ言う人はいるけど、あの時代に危険地域を含め世界中を飛び回り取材をし、各国の要人へインタビューをし、ハイペースで本を書く…本当に凄かった。
今、アメリカやイギリス等の大統領、首相に単独でインタビュー出来るジャーナリストがいるだろうか?世界中の危険な紛争地域に出向き組織のトップに会ったり、怯えながら暮らす人達を銃弾が飛び交う中リポートするジャーナリストがいるだろうか?
落合さんはそれをバリバリやっていた。
マーガレット・サッチャーへのインタビュー時、彼女がゴルバチョフと会い、彼から“実は洗礼を受けている”と聞き、話すうちに“この人は今までのソ連の指導者とは違う”と感じ、レーガン大統領に引き合わせた、という話を聞き出した。
冷戦終結のきっかけが“鉄の女”だったという様な、歴史の裏側を知ることもしばしばだった。とにかくカッコ良かった。
アサヒの新ビール「スーパードライ」が大ヒットして、キリンビールを長年の業界トップの座から引きずり下ろしたのは落合さんを起用したからだったのは間違いない。
当時のいわゆるサラリーマンはみんな落合さんのイメージにやられてスーパードライを飲んだのだ。
サラリーマンだけではなく、10代~20代の若者達も雑誌の連載や著作を通してその熱い言葉に触れ、影響を受け世界へ出ていった者が多くいた。
僕は全くそんな大した人間ではないけれど、好きだった。
落合さんの様な人は出てこないだろうと思う。ご冥福をお祈りします。

