見城の口癖である「無謀」とは、緻密に練り上げられた「勝ちに行く試合」を、他人が決してやろうとしない方法で演出することなのである。 「あいつは小さなことでくよくよ悩むことチキンハートな奴なんだが、その内圧が煮詰まって弾けた時に、普通人には及びもつかないエネルギーを出すんだな」 　デビューしたての新人作家としては「野生時代(※野性時代)」編集者だった見城と出会った、二十年来の友人、北方謙三は言う。 「優れた編集者の指摘ほど、作家にとっては『くそ、鋭いところを突きやがって』と腹が立つ。でも見城は原稿を読みこむ能力と同じぐらい、作家の心の琴線に触れる言葉にかけても、ある種の天才だと思うね」 　作家の意図を読み取るだけでなく、本人も予期しなかった作品の存在意義やオーラを嗅ぎ分け、それを絶妙な言葉で表現する。 　作品は作家の血を分けた分身であり、子供なのだ。褒められ慣れた作家でも、ここまで深く作品の襞まで受け止めてもらえば、心が動かぬわけがない。 自宅のソファに寝転び 愛犬エドに話しかける 「俺の気持ち、分かるよな」 　時に女性的でさえある繊細さは、彼の過敏さ、過剰さと表裏一体でもある。それが自分自身に向かった時、抱き続けているコンプレックスや絶え間ない不安に転化するのだ。 　部下が悪口を言っていると北方に忠告された時は、「有り難う、そんなこと言ってくれるのは君だけだよ」と、手を握って礼を言う。が、社に帰ってから机を引っ繰り返して「俺の悪口を言ってるのは誰だ？」と烈火のごとく怒鳴りまくった。 　一見、豪胆に見えながら、不安や裏切りは、彼を徹底的に打ちのめす。傷の痛みが内向した結果、怒りや常人の想像を超えた行為という形で噴き出してくる。それを「強引」「傲慢」と見るむきもあるだろう。 「出るクイは打たれるんだから、彼はずっと打たれ続けるだろうな。業界でも彼を認める余裕のない奴の中には『敵』に回る人間も結構いるよね」(北方) 　常に張り詰めているから、女性に求めるものは必然的に大きくなる。 　大学卒業直後に結婚した相手と四年で離婚し、その後、十七年独身を通した。いつでもゼロに戻れるよう、失うものは何も持たないつもりで。が、本質は淋しがり屋の見城に、子供っぽい丸い目で「好きだよ」と言われる効果は甚大らしく、女性の噂は絶えなかった。 　独身の身軽さを返上したのは、幻冬舎を設立して半年後。四十三歳で長年交際していた「俺がいないと幸せになれない女」、二歳年下の美代子と結婚する。社長としての重圧に疲れ、どこか一ヵ所だけは、自分が癒される場所が欲しいと心底思ったからだ。 　自宅のソファに寝転び、愛犬エドに「俺の気持ち、分かるよな」と話しながらささやかな事にくよくよと悩む男。芸能・テレビ界にも太いパイプを持つ業界の異端児。 「イタリアのブランド物をワンシーズンで着古すのがかっこいいんだ。宵越しのゼニは持たない」 　とアルマーニの服やテストーニの靴を惜しげもなく捨て、身体を病むまでワインと美食におぼれる、浪費と放蕩をこよなく愛する男。どの見城も最後に帰るのは、学生時代に直面した自分への失望を超えたいという欲求だ。 　一般的なマーケティングの法則を無視して、見城の感動の深さで売り方が決定される。幻冬舎の出版戦略は、彼のこの欠落感を埋めるためにある。「アウトロー文庫」を創刊したのも、民主主義の規範からはずれた「生」や「性」を抱えた人々の、やむにやまれぬ衝動や内面の表現を、出版活動に掬いとりたかったからだ。 　見城が何より愛するのは、自分が断念した、「個の掟」で社会を突破するエネルギーである。既成価値を超えた生き様を描く作品をプロデュースすることが、彼を自己嫌悪から救う唯一の方法なのだから。 　ベストセラーになった『血と骨』と『永遠の仔』は初版一万部の時点で、二十万部売れなければ採算のとれない大広告をうった。見城自身がコピーまで考える宣伝は、「俺は、社会にもう一つの価値観を突き付けているんだ」という、彼自身の自己表明でもあるのだ。 「僕はみっともない小心者の男なんだ。口癖の『無謀』だって、本質的な危険を避けて、資本主義の出版というゲームの中で自己実存に折り合いをつけている自分への、せめてもの感傷的な補償行為なんだから」 　誰より救われたい魂を持つ者だけが、一行の文章、一編の小説に他人より遥かに深い意味を見いだせる。見城は自らの劣等感にこだわり続けることに、今、密かな誇りを抱いているのだ。(文中敬称略)