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zettuのトーク
トーク情報
  • zettu
    見城徹見城徹

    キラーカードは相手のために切り出すものです。相手が泣いて喜ぶキラーカードを何枚持てるか?自分の思い込みでキラーカードは成立しません。

  • zettu
    見城徹見城徹

    白内障。売れない本。伝わらない気持ち。行けない旅行。憂鬱なことばかりだが、乗り越えるしかない。いつか結果は出る。いや、結果を出す。一日を愚痴を言いながら終えるか?ままならない現実を一ミリでも押し返すか?匍匐前進あるのみ。

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  • zettu
    三上雅博三上雅博

    本日は晴天なり。

    叫びたい。狂いたい。暴れたい。
    浮世から離れたい。
    そんな自分を何度も殺しながら、現実世界と折り合いをつけて生きる。
    虚空を掴みながら生きている。

    もっと前へ。一歩でも前へ。
    僕は永遠に「完成」などしない。
    行く道は精進にして、忍びて終わり悔いなし。

  • zettu
    三上雅博三上雅博

    鮨職人になるため、この世に生まれてきた。

    愛する人に自分の鮨が世界一美味いと思ってもらえないのならば死んだも同然。
    その瞬間、この世に自分は必要無くなる。
    生きる意味なし。

  • zettu
    見城徹見城徹

    69年生きて来て疲れていないと言ったら嘘になる。疲れた。僕にとっては辛い戦いの連続だった。辛うじてまだ生き残っている。今はコロナ禍だ。書店は営業時間を短くしているし、何よりも書店に客がいない。僕の性分で最悪を考えて様々な手を打っているが、それが思惑と外れて来ると追い詰められた気分になる。最近はそれが続いている。キツい。しかし、諦めない。まだまだ策を繰り出す。今は負けが込んで来たが、その内、倍返しだ。正面突破!

  • zettu
    見城徹見城徹

    ↑ 人生は一瞬の内に交錯し、逆転する。敗者は勝者に、勝者は敗者になる。そして、それすら途中経過に過ぎない。真心を尽くす。誠実に生きる。それが出来ていれば人生という試合のゲームセットはまだ先だ。

  • zettu
    見城徹見城徹

    生きるということは、自分の醜い自意識と向き合い、他人の嫉妬という悪意を受け止めることだ。器量は大きく。懐は深く。義理と人情には厚く。全ては天が見ていると思うしかない。

  • zettu
    見城徹見城徹

    角川書店(現・KADOKAWA)の文芸誌[野性時代]の編集者になって真っ先に仕事をした同世代の中上健次、高橋三千綱、立松和平、つかこうへいの4人の作家はとっくにあの世に旅立った。毎夜誰かと飲んでいたあの狂乱の日々。坂本龍一も既に逝った。僕の番が迫っている。まだ狂う。

    たった一夜の夢ならば実をも散らして狂うのみ

  • zettu
    三上雅博三上雅博

    僕は誰よりも臆病だ。
    いつも恐怖に怯え、震えている。
    逃げ出したくなる様な苦しみばかりが人生だ。死んだらきっと楽になる。
    その時まで「生きる」と言う苦行を楽しむしかない。

  • zettu
    見城徹見城徹

    <かけがえのない今日>

    50年前、僕は四回生として、静岡県立清水南高等学校を卒業した。

    小学校・中学校と劣等生だった僕にとって、
    高校入学は今から考えても決定的に大きな人生の転機になった。
    東京での大学生活を通じても、高校時代ほど生命のエキスが凝縮された時間はなかった。

    海と山に囲まれて、日差しがさんさんと降り注ぐ、花と緑が目に染みる、
    青春ドラマの舞台になるような高校で、僕は全身をぶつけて、
    恋愛や友情、勉強やスポーツに向き合った。

    あれほど懸命に生きた記憶は、後にも先にもあの三年間だけである。
    あの三年が今の僕を形作り今の僕をあらしめていると、はっきりと断言できる。
    それほど僕にとって、濃密で一心不乱の季節だった。

    はじめて異性を愛しいと思い、一挙手一投足に振り回され、思い詰めた日々を過ごしたこともなかったし、
    ロックンロールに夢中になって
    ビートルズという一組のミュージシャンにあれほどの熱量でのめり込んだこともなかった。

    ラグビーに出会って、鈍い運動神経ながらも初めてスポーツを楽しいと思ったのも、高校の三年間だけだった。
    社会に出てからも、ラグビーのクラブチームをつくってトレーニングにも励んだけれども、高校時代のようなトライの快感は得られなかった。

    嫌だ嫌だと逃げたい心を押さえつけて一日3時間睡眠で受験勉強をしたのも、
    海辺で友人と日が暮れるまで議論したのも、
    本を片端から読んだのも、その三年間に限られている。

    一歩を踏み出すこと、目標に向かって努力すること、死ぬ気で何かに熱中すること、
    それらすべてを高校の三年間は僕に天の恵みのように教えてくれた。
    自分の信じた道を真っ当に努力さえすれば、時間がかかろうとも必ず少しは報われる、そのことに僕は高校に入って初めて気づいたのだった。

    何故それが高校時代だったのか、
    丁度、強烈な自我に目覚める年頃だったのか、よく解らないけれど、
    高校三年間で僕は、生きるという営みの歓喜と切なさを全身で受け止めたのだ。

    自分が信じたものに熱狂できる特権は若者特有のものだ。
    社会に出れば、様々な大人の事情が、それを許さない。

    小・中学生では子供過ぎるし、大学生では自由過ぎる。
    親のスネをかじりながら、受験という目の前に立ちはだかる乗り越えるべき大きな壁にぶつかりながら、自分が熱狂するものにもがき苦しみ、全力を尽くす。

    僕が清水南高で得たものは62歳の僕の人生を左右し、僕の人生を決定づけた。
    あの三年間がなかったら、今の僕はなかった。

    そのさ中にある者には、その貴重さは解らない。
    そのさ中をどう生きるのか。
    何とどう向き合うのか。

    君達は二度と戻らない、その貴重な季節のさ中にいる。
    何でもいい。何かに熱中しろ。何かと格闘しろ。もがき、苦しみ、悩み抜け。
    それが、どれだけ大切だったか、思い知る時がきっと来る。
    光陰矢の如し。今日と違う明日をつくれ。

    それには圧倒的努力が必要だ。10年なんてあっという間だ。
    昨日と同じ今日、今日と同じ明日。そんなものはつまらない。

    「君がなんとなく生きた今日は、
    昨日死んでいった人達が、どうしても生きたかった大切な明日だ。」
    アメリカ原住民に伝わる言葉である。

    人生の中で最も恵まれた季節を、なんとなく生きるな。
    失恋してもいい。失敗してもいい。
    勇気を出して、自分が夢中になれる何かに一歩を踏み出してくれ。
    どんなにボロボロになっても、それがあとで、かけがえのない一日になる。

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