えーと、きのうだかおとといだか、はっつちゃんのつぶやきをきっかけとして自虐的・自己暴露的なヲタ噺をしたが、最後に一般化・普遍化した、というところで、私にとっては自明のことなので最後に来るべき結句を省いてしまった。ということに突然気が付いたので、最後の結文を記しておく。
経済力と家族に恵まれた幸せな評論家には「ヲタ活動イコール疑似恋愛」という決まり文句があたかも不文律の如く脳内に刷り込まれているようだ。バカな😆それならば太古からの吉永小百合等への憧れと変わるところがないではないか。無論前述の如く、ガチ恋ヲタがまさにその擬似恋愛に当たっているのは間違いではない。しかし彼等は次の視点を何故か持ち得ない。即ち擬似家族でもあるという重要な点である。故に高齢化の進むこの国ではAKB48グループは無くなることはないのさ。ついでに付け加えておくともう一つ擬似プロデューサーという要素もある。
はい、以上。
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