「死」と完全に向き合えた時、人は「ありのままの自分」と完全に向き合えるのだと思います
なぜなら、人は必ず死ぬからです
「自分を受け入れる」ということは、「いつかは死んでしまう自分を、受け入れる」ということも含むのだと思います
「ありのままの自分を受け入れる」というと、人の「きれいな部分、美しい部分」にスポットライトが当たりがちかと思いますが、ぼくはむしろ、死に代表される、人間の「陰の部分」に、注目したいです
なぜなら、その人が「隠そうとしている部分」にこそ、その人の本質が出るような気がするからです
誰にも言えない秘密や、過去のトラウマも、それに含まれます
人間は、裸で生まれて、裸で死にます
見栄や背伸びでどんなに立派な鎧をつくり上げても、死に向き合うときには、それらはすべてベリベリとひっぺがされます
死の瞬間に、陰部丸出しで仁王立ちする自分に、自信が持てるかどうか
ある意味で、それがすべてなのではないか、とぼくは思います
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