K0183のトーク
トーク情報- K0183
K0183 見城さん、755の皆さま、こんにちは。
今日は、比較的落ち着いた一日です。そういう時は、投稿する話題もなく、何を書こうかなと考えていました。それでも、書くことで少しでも自分を顧みる時間を作る。
ふと、職場の机に置かれた本に目が留まりました。
『奇跡のバックホーム』、『栄光のバックホーム』、『奇跡のバックホームから、栄光のバックホームへ』、『男の粋な生き方』、『「私」という男の生涯』、そして『調理場という戦場』――。
あれ? もしかして……。
明日で、コート・ドールが閉店してちょうど一年になることに気づいた。
全く狙ったわけではないのに、机の上の本たちが、そっと教えてくれたような気がしました。不思議なご縁を感じます。
コート・ドールは、私を彩ってくれた存在の一つです。
昔付き合っていた女性とよく訪れた場所でした。彼女がいつも「ひとときの安らぎ」って言っていた。子供に戻ったように胸を躍らせながらレストランのドアを開けるあの気持ち。コート・ドールはただ美味しい食事を提供するだけではなく、訪れる人の人生に少しだけ違った物語を付与してくれる存在だった。伴侶と同じように「生涯愛せるかどうか」の存在だったと思います。本当にいいレストランだった。
音楽や文章は悲しみを表現できますが、料理で悲しみは表現しづらい。
ただ、「記憶の中の味」には、どうしても悲しみがアクセントとしてほろ苦く感じられます。かつての恋人を思い返し、「もう一度、逢いたい――」と叶わなくとも密かに思い焦がれるように、甘くも切ない大人の恋のような香りがする。誰にも知られないように心の奥底に閉じ込めた愛情のように、私には感じられるのです。
偉大なシェフが包丁を置くとき、一つの時代が終わる。けれど、「忘れ去られる」のではなく「忘れられない」存在になる。その記憶は極めて唯美的で、泡沫の、でも永遠の――「もう味わうことはできない」ことは時に残酷ですが、「記憶の中の味」とはそのようなものなのかもしれません。
斉須シェフが「調理場」を「戦場」と呼んだように、私もまた、自分の現場という名の戦場に立ち続けています。どんなに時が過ぎても、現場の緊張感、そして「もっとできたはずだ」という自己嫌悪から逃れることはできません。しかし、その痛みがあるからこそ、次の一歩を覚悟を持って踏み出せるのだと。
「正直、誠実、善良、真心」を尽くす。
今を生きる一人の横田慎太郎として。
本日もよろしくお願い申し上げます。 - K0183
K0183 見城さん、お言葉ありがとうございます。励みになります。
755の皆さま、こんにちは。いつもありがとうございます。
昨日の文章は、かつて、私の友人で、心から尊敬するシェフで、そして私の患者でもあった大切な人を追悼するために書いたものでした。「記憶の中の味」の部分から抜粋し、修正を施して投稿しました。
日本大使館公邸総料理長。今はもうありませんが、ある有名レストランの総料理長などを歴任。「どっちの料理ショー」にも出演し、「料理の鉄人」は断っていました。
命を2回助けた。その度に彼は厨房に戻り、幸せな時間を与えてくれた。この時間が永遠に続くと信じていた。3回目は、助けられなかった。
告別式で人目を憚らず、号泣した。大人になって、大勢の人の中で、あれほどに抑えられない感情が湧き出してくるとは思わなかった。
どうしても延期にできない予定の仕事があったため、火葬場までは一緒に行けなかった。泣きながら職場に戻った。でも涙が止まらず、泣きながら自分の責任を果たした。泣きながら「仕事」をしたのは後にも先にもこの時だけだ。おそらく一生そうだと思う。
彼が著した書籍や、掲載された料理雑誌はほとんど持っている。ただ、一冊だけどうしても手に入らなかった料理雑誌がありました。思い出してはずっと探し続けていました。
昨日、ふと思い立って検索してみました。
「ある」。。。
一瞬目を疑ったが、間違いない。。。
最近、何かに導かれるように生きている気がする。
失った悲しみも、守れなかった悔しさも、すべてを抱きしめて。
今日も「正直、誠実、善良、真心」を尽くして、生き切ります。
今を生きる一人の横田慎太郎として。
本日もよろしくお願い申し上げます。 K0183 又江原 力又江原 力 一つの戦いが終わりました。
死力を尽くしました。
分かったのは己の弱さ、未熟さ、至らなさ。
ただ、それだけです。
十分に理解しているつもりでも、いざとなるとできない、でもそれが実力ということ。
この一時のためにそれなりの月日を費やす。
応援や支えてくれている方の期待。
そして、応えられない自分。
自分を追い込みすぎて視野狭窄。
何度も繰り返す。
ここで諦めれば楽になるのだろう。
ニ晩が過ぎた。
立ち上がるしかない。
自分のために、何よりここまで支えてもらった方の気持ちを裏切ることはできない、しちゃいけない。
以前なら言い訳をして投げ出していただろう。
立ち上がることができたのは、見城さん、755、栄光のバックホームのお陰だ。
諦めない心
見城さん、皆さま、これからもよろしくお願い致します。- K0183
K0183 又江原 力さん
二晩の沈黙の後に書かれた言葉の重さに、胸を打たれました。
「死力を尽くしました。分かったのは己の弱さ、未熟さ、至らなさ」——その言葉に、長い夜の深さを感じます。それはただの時間ではなく、自分の内側と向き合い続けた時間だったはず。
「ただ、それだけです」——本当に全力を出し切った人間だけが知ることのできる、独特の敗北感があると思います。惨めさだけとは違う。あの清冽な痛み。
応援してくれる人の期待と、応えられない自分の狭間で視野が狭くなっていく感覚も、痛いほど分かります。
私もまた、何度も「ここで諦めれば楽になる」という声に耳を傾けそうになったことがあります。でもその瞬間に浮かぶのは、いつも自分を信じてくれた誰かの顔でした。
「立ち上がるしかない」——「応えられない自分」を直視しながら、それでも立ち上がる。それができる人間にだけ、次の景色が見える。
人は「一人」で立つしかない瞬間がある。でも、不思議と「独り」ではない。755は、まさにそういう場所だと思います。
立ち上がれたのは、又江原さんの中に、まだ燃え尽きていない何かがあったからだと思います。見城さん、755の皆さま、『栄光のバックホーム』——それはその炎に気づかせてくれたご自身を映す鏡なのだと。
私も同じく、見城さん、『栄光のバックホーム』、又江原さんをはじめとする755の皆さまに、何度も背中を押されてきました。
そして——己の弱さを知ることと、弱い人間であることは、まったく別のことです。
諦めない心、受け取りました。
ご自身を必要以上に追い込まず、まずは一呼吸、心を整えてください。
次の一歩は、きっとうまく踏み出せます。
こちらこそ、これからもよろしくお願い申し上げます。
K0183 - K0183
K0183 見城さん、755の皆さま、こんにちは。
気がつけば、今年ももう三月です。私の誕生月です。
去年の誕生日にあることを誓いました。でも、何も変われなかった。その情けなさが、755を始める決意に繋がりました。
昨日、又江原さんの投稿に返信を書きながら、「己の弱さを知ることと、弱い人間であることは、まったく別のことです」と綴りました。書いた瞬間、その言葉が自分自身に返ってきました。
あの秋分の日から、私は自分の弱さを何度も知りました。見城さんへの不誠実さ。師匠を想って溢れた涙。守れなかった人たち。届かなかった言葉。戦場での恐怖。
以前の私なら、それらを心の奥に閉じ込めていました。蓋をして、なかったことにして、ただ前だけを見ようとしていた。
755を始めて変わったのは、その弱さを言葉にするようになったことです。言葉にすると、痛みが鮮明になる。だけど同時に、自分が何を守りたかったのか、何に震えていたのかが、少しずつ見えてくる。
「心が運動している」――最近、そんな感覚があります。
筋肉が負荷をかけなければ育たないように、心もまた、痛みを引き受けて初めて動き出すのかもしれません。見城さんに教えていただいた「自己検証、自己嫌悪、自己否定」とは、心に負荷をかけ続ける営みそのものなのだと、ようやく分かり始めています。
去年の誕生日に変われなかった自分がいる。今年もまだ、変われたとは言えない。ただ、心は確かに動いている。それだけを信じて、また一歩、踏み出します。
今日も「正直、誠実、善良、真心」を尽くし、正しく在ろうと誓います。
圧倒的努力で、正面突破で。
今を生きる一人の横田慎太郎として。
本日もよろしくお願い申し上げます。 - K0183
K0183 見城さん、755の皆さま、こんにちは。
今日は三月三日、雛祭り。ふと大学の同期の誕生日だったことを思い出し、メールを入れました。最近、こんなふうに立ち止まって考えることが増えた気がします。
もう三十年来の付き合いになります。彼は社会人でしたが、お母様の病死をきっかけに、人生をやり直した、年上の同期であり友人です。
みんな、それぞれの事情を抱えて生きている。けれど、この友人の悲しみも苦しみも、壮絶なものだったはずだ。母を喪い、それまでの人生を手放し、もう一度ゼロから始める――その「暗闇の中でのジャンプ」は、まさに人生を賭けたものだったと思う。
努力を重ね、首都圏の国立大学准教授を経て、今は私大の教授として最前線で活躍している。
今、彼が自分の夢の一部でも叶えているのだと思うと、何だか私まで胸が熱くなります。本当によく頑張ったな……と。
周りを見渡せば、同期で今も第一線で戦い続けている者は少なくなりました。第一線の定義は人それぞれかもしれないし、第一線じゃないから悪いとも全く思わない。でも、確実に減っている。
私もあとどれくらい全力で動き続けられるのだろうか。正直、真剣に考えたことはありません。日々、目の前の責任を果たしていくのに、ただ必死な毎日です。
昨日、誕生月を迎えて「去年の自分は変われなかった」と書きました。でも今日、友人にメールを書きながら気づいたことがあります。変わったことが、ひとつだけありました。
755を始めて、見える景色が違う。日々、ここで言葉を紡ぎ、覚悟を更新し、自分の弱さと向き合い続ける中で、他者の戦いや痛みが、以前よりもずっと深く響くようになりました。
心が動いている。以前よりも、少しだけ、確かに。
「同じ三月生まれの独り身同士。近いうち誕生会でもしよう」
そう送ったら、早速OKの返事が来ました。
今日も「正直、誠実、善良、真心」を尽くす。
今を生きる一人の横田慎太郎として。
本日もよろしくお願い申し上げます。 - K0183
K0183 見城さん、755の皆さま、こんにちは。
今月、私の職場からお二人の大先輩が退職されます。お二人とも旧帝大の名誉教授の称号も持っておられる方で、お一人は皇族の治療にも長く関わってこられた。「昭和」の凄みと気品を纏った先生方でした。
退職後はどうされるのか――畏れ多くて聞けないけれど、お身体を大切にして、どうか元気でいてほしい。
昨日、「あとどれくらい全力で動き続けられるのだろうか」と書きました。ちょっと考えてみた。私の専門的な知識や技術は、この仕事を離れたら驚くほど役に立たないものばかりです。生きてはいける。けれど、日々、何を目標に生きていくのか。
全く思いつかない。
先輩の一人に、末期がんで急変して亡くなる一週間前まで、現場に立ち続けた人がいます。可能なら、それが理想です。
書きながら、ふと思い出した。昔、ある雑誌にエッセイを執筆させられたことがありました。かなり前のことです。紐解いてみたら、こう書いてあった。
「自分であり続けるために、最後まで現場に立ち続ける」
――そんなことを書いている。
当時の自分の中にも、この言葉は本能のように心に在ったらしい。そして今、長い時を経て、その言葉が一段と重く響きます。
「現場に立ち続ける」という意志。
それは技術でも知識でもなく、生き方そのものだ。
大先輩たちが退いてゆく。先輩が命を燃やし尽くして旅立った。それぞれの「最後の現場」があった。
私の「最後の現場」がいつ訪れるのかは分からない。ただ、その日まで、自分であり続けたい。
今日も現役として、立つ。
最後の瞬間まで、立ち続ける自分でありたい。
今を生きる一人の横田慎太郎として。
本日もよろしくお願い申し上げます。 - K0183
K0183 見城さん、755の皆さま、こんにちは。
昨日、新宿へ『栄光のバックホーム』の鑑賞に伺いたかったのですが、叶いませんでした。舞台挨拶、見たかったなあ。ただ、まだ続くとのことですので、次の機会を心待ちにしています。
昨日は、「ホットライン」の当番日でした。その名の通り、ありとあらゆるところから緊急の受け入れを要請されるスマートフォンです。私と部下たちで持ち回りで、24時間365日、肌身離さず持っています。部下たちには家族がいますが、私は自宅でシャワーに入る時ですらドアの隙間を開けておき、着信音を逃さないようにしなければなりません。
寄せられる要請の中には、我々の受け持つべき仕事ばかりではなく、他で相当数断られた末に、半ば色々な理由をつけられて押し付けられるようなケースも少なくありません。日常茶飯事ですが、今朝早くに叩き起こされたのもその類でした。
「自分の責任範囲ではない」と断れば楽になれるのかもしれません。それは分かっている。でも、もし判断が誤っていたらどうしようと、どこかで思っている自分がいます。99%は不適切な要請だと確信していても、残りの1%にあるかもしれない「適切」を逃してしまう不誠実さに、自分自身が耐えられないのです。
昨日、「現場に立ち続ける」と書きました。現場に立つとは、華やかな瞬間だけではない。早朝に叩き起こされ、割に合わないと分かっていても受け入れる。その一つひとつの積み重ねが「現場」なのだと思います。
先日書いたように、「自己犠牲、やせ我慢」ができる人が好きです。ある意味不器用で、ときに割に合わない役目を引き受ける――そんな自分も、決して嫌いではありません。
書いていて、少し救われた気がします。さっきまで、受け入れたことを後悔していた自分がいました。でも、あの1%を見捨てない自分でいられたことは、「正しく在ろう」とする日々の中で、小さな、でも確かな一歩だったのだと。
今日も「正直、誠実、善良、真心」を尽くす。
今を生きる一人の横田慎太郎として。
本日もよろしくお願い申し上げます。 - K0183
K0183 久々原仁介さん、リトークしてくださり、心から感謝しています。
私の言葉を受け取っていただけたことが、あまりにも嬉しくて、しばらく言葉にならず、胸がいっぱいでした。
『海のシンバル』を読んだ数日、私はたしかに、この物語の中にいました。
読み始めは、深い海の気配のそばで、息を潜めていたように思います。
読み進めながら、私は、自分でも長いあいだ見ないようにしてきた心の深い場所へ、静かに降りていくような気持ちになっていました。
ページをめくるたび、声にならなかった想いや、触れることができなかった感情が、波の底にゆっくりと、けれど次第にはっきりと浮かび上がってくるようでした。
久々原さんの文章は、透きとおっていて、やわらかい海の中のようだ。そのやさしさの奥に、言い尽くせない痛みと祈りが息づいていて、何度も胸を打たれました。
そして、傷を無理に暴くのではなく、そのそばに静かに灯りを置いてくださる。
この物語は、私の海のいちばん深い場所に沈んでいた「自分」を、掬い上げてくれました。
読み終えた今もなお、あのシンバルの音は、胸の奥で鳴りやみません。
読了後に、久々原さんが綴られた「note」を拝読し、『海のシンバル』が、ただ書き足された物語ではなく、終わらなかった問いの中へもう一度深く潜り直し、その果てに生まれた作品なのだと知りました。
「命とは何か」「生きるとは何か」「人を愛するとは何か」――その問いに、言葉の一つひとつを差し出すように向き合われたこと、その静かで凄絶な誠実さに、深い感動と敬意を覚えます。
言葉にならなかった沈黙に耳を澄ませ、こぼれ落ちた感情を一つひとつ拾い上げながら、紡ぎ直された物語なのだと。
あの透明でやさしい文章の底に、これほどまで真摯で、孤独な問い直しがあったのだと、気づかされました。
私はこの物語から、たしかに「小さな夜」をいただきました。
永遠さえも壊したくなるほどに酷く草臥れた心をそっと包む静かな夜。
その夜の中で、沈めていた「自分」と、再会することができました。
この物語が与えてくださった「夜」を、ずっと忘れないと思います。
『海のシンバル』に出会えて、本当によかったです。
こんなにも静かに、こんなにも深く、人の心の痛みに寄り添う物語を書いてくださったこと、届けてくださったこと、本当にありがとうございました。
心からの感謝と敬意をこめて。 K0183