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修治のトーク
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  • 修治
    修治

    誰か自分ではない他者に心を支配されている人が書いた文章を読むと、虚しくもあり、哀しくもあり、実に滑稽である。

    何を考えて、その日その日を送っているのだろう...本当に情けないな😅キ◯タマ付いてんのか?って思う。

    その関係の歪さに気づかない・気づけない人は...この先、色々と気苦労が絶えない事であろうな。

  • 修治
    修治修治
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    アルコール依存症、いわゆるアル中というやつだが、これは男女の隔たり無く共に陥ってしまう可能性があるモノだが、男性よりも女性の方がなりにくい。

    理由は簡単で、体力的にも肝臓のアルコール代謝能力的にも、女性より男性の方が、より多くの酒を飲めてしまうから。
    さらに、男の方が女よりも頻繁に酒を飲むし、仕事上や、或いは友人との付き合いで酒を飲む機会も、普通は男の方が多い。
    したがってアル中には男性の方が陥りやすい。

    しかし...である。一旦重度のアルコール依存症になると、女性の方が男性よりも、そこから意志の力で抜け出す事が難しいと思う。
    自分が夜の街で、自分の目で見たり
    、聞いたりしてきた長年の経験によれば。

    その理由は酒でも薬物でも、依存症になってしまった際に、そこから意志の力で抜け出す事の出来る強さは、男性の方があるからだ。

    依存症であるから、依存しているモノを絶っている時には、苦しさが伴うのは当然なのだが、その苦しさに耐えている途中で、女性の方が先に、その意志がぽきっと折れてしまう。
    折れてしまいがちなのだ、自分の経験によれば。
    苦しさに耐える、欲求を我慢するというのにも、物理的な体力の強さは必要らしい。

    この歳まで自分が見て、経験してきたことを踏まえて『酒とバラの日々』を観なおすと...この作品は高校生の時にレンタルビデオ屋で借りてきて初めて観て、22、3歳の頃にも再度観たが〝あぁ、やっぱりそうなんだ〟と思うことが多い。それが先に書いた事。
    酒や薬物の依存は、内臓をボロボロにして早死にしやすい。
    そこから抜け出し、健康を取り戻す男性もいるが、女性はそのまま突き進んでしまう人が多い様な気がしていたが、この映画を今の歳になってから観ると、腑に落ちることが多かった。
    自分も気をつけようと思う。

  • 修治
    修治修治
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    ジョー『よぉ、助けてくれたな』

    ベン『敵がトロいんだ』

    ジョー『ほっときゃ得したのに』

    ベン『忘れてた』

    ジョー『昔エースって賭博場の経営者がいて、そいつは俺の親父を殺した代わりに俺を育ててくれた』

    ベン『何の関係がある?』

    ジョー『彼の教えは〝危ない橋を渡るな・人を信用するな・情けをかけるな〟』

    ベン『・・・・・』

    ジョー『それに反したため、エースは俺に撃ち殺された』

    ベン『・・・・・』

    ジョー『自分の事を話したのは初めてだ』

    ベン『ありがとよ』

    🔺このやり取りは画像の酒場のシーンとは別の場面での会話

    そういやジュリアーノ・ジェンマ とリー・ヴァン・クリーフ共演のマカロニウェスタン『怒りの荒野』の中に、こういうやり取りがある。
    凄腕のガンマン(でも根っからの悪人)であるタルビー(リー)が、スコット(ジェンマ )に「レッスン」という形で教えていく、ガンマンの10の心得の中に・・・・・
    ■ガンマンは決して他人にものを頼むな
    ■決して他人を信用するな
    ■相手に傷を負わせたら殺せ 見逃せば自分が殺される
    というのが。
    他にも7つ有るのだが、特にこの3つはこの作品のラストシーンにまで伏線を張っているので重要。

    〝ヴェラクルス〟も〝怒りの荒野〟もその舞台というのが、他人と揉めた時に力づくで解決しようとすると、ナイフか拳銃かライフルのみが解決方法だった背景の中での個人の掟が象徴されている言葉達だ。

    ヴェラクルスは往年の名俳優であるゲーリー・クーパーを、バート・ランカスターが食った作品・・・とも言われる事がよくあるのだが、自分はそうは思えなくて、バート・ランカスターが食おうにも食い切れない程の俳優としての力と貫禄と余裕をゲーリー・クーパーに感じる作品だ。
    前々から書いているけれど、自分の中史上最も大好きな俳優であるバート・ランカスターだが、ゲーリー・クーパーは流石だな・・とヴェラクルスを観る度に思う。
    フレッド・ジンネマン監督作の異色のウェスタン『真昼の決闘』でも感じられた、優しく紳士的だが一度決意すると揺るがない強さを感じさせるゲーリー・クーパーは本当に素晴らしい役者だ。

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  • 修治
    修治修治
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    『漂流怪人・きだみのる』は、やはりというか、自分の予想していた通り・・いや、それ以上におもしろい読物であって、夢中になって(勿体無いから笑)少しずつ、大事に読み進めている。

    勿論、なんの前知識も無くこの本を読み始めても面白い。

    しかし自分の場合は、昭和59年に発行された開高健のエッセイ『開口一番』の中の〝どうッてことないゲテ料理〟と、3年前に亡くなったコロンビア大学の名誉教授・日本文学と日本社会学の世界的権威であったドナルド・キーンの著書『思い出の作家達』の中で永井荷風について書かれた文章を読んでいたが為に、この作品『漂流怪人・きだみのる』は、今まで読んできた別の作家達の、違う作品の中に書かれていた物がジグソーパズルのピース🧩がハマる様に頭の中でまとまり、めちゃくちゃ面白い作品に感じる。

    例えば漂流〜の中で書かれている、平凡社の月刊・太陽の編集者だった嵐山光三郎が28歳で会った時の【きだみのる】は、その時前歯が2本あった(笑)

    しかし開口一番の中で開高健によって書かれている〝きだみのるに開高と安岡章太郎が気◯い部落に呼ばれて、豚の野焼きをご馳走様になった時〟豚のスペアリブにかぶりついて肉をモグモグやっている【きだみのる】には前歯が1本しか無かった。

    だから読んでて〝あぁ、なるほど。じゃあ開高と安岡章太郎が気◯い部落に呼ばれたのは、昭和45年以降の事なんだな〟とかね(笑)

    いや、これ読んだ人は、そんな事の何が面白いんだ?って思われるかもしれないけど、自分もある種の文芸変態なので、こういうのを知ると面白いと感じてしまう(苦笑)

    まぁ、それは置いといて・・・

    同じく漂流〜の中で、嵐山光三郎と当時の太陽の編集長である馬場一郎氏が初めて【きだみのる】に会ったのは、きだ氏の部屋だったが、部屋に入る前から玉ねぎと肉が腐ったような異臭がし、部屋に入ると床は、古くなった野菜🥦🍅🥬や硬くなったフランスパン🥖、中身が空っぽになった塩辛の瓶・・などと一緒に、フランス語辞書や書き損じの原稿などで雑然と埋め尽くされており、そのゴミの上に【きだみのる】が平然と座っていた、と書かれている。

    これはドナルド・キーンの著書の中で永井荷風について書かれていた文章にシチュエーションがそっくりなのだ。
    おまけに当時、永井荷風の前歯は虫歯のせいでほとんど無かった。
    そんなところまで似ているのだから、コレが(自分の様な変態にとっては)面白く感じられないわけがない。

    さらに・・・漂流怪人〜の中でも、開口一番の中でも【きだみのる】が人をもてなす時のご馳走はニンニクを大量に使った豚の焼肉であり、いずれの作品中でも、きだ氏が『コレを食ったら(精力が付きすぎて)鼻血が出る』とハッキリと書かれているのが面白い。
    開口一番の中では『山で独身生活などしていられない、どうしたって町へ走るってことになるわナ』なんて書かれている。

    そんなもんかな?なんて思った開高氏は一晩布団にくるまっていたけれど、何にも身体に変化は起きず、翌日に安岡章太郎に電話したら『下痢して困ってるワ』と言われたそうである。

    斯様に自分にとっては一冊で3冊分くらいに楽しめている作品であって、お買い得な本だった。
    今日はこの後も友人達に会うまで、のんびりと読書を楽しもうと思う。