備忘録
トーク情報たつぽん 見城徹見城徹 イギリスの不世出の名ラガーといわれたある選手が、ある大試合でタイムアップぎりぎりに逆転のトライを挙げた。大観衆は総立ちとなって歓声を上げたが、レフリイの無情のホイッスルが鳴り、寸前に反則がありトライは認められず、そのままノーサイドとなって試合は彼のチームの負けとなった。
しかし試合後も、あの時のレフリイの判定が正しかったかどうか、しきりに議論の的になったが、当の選手は、
「ラグビーの試合ではレフリイは神に等しい」
と一言いっただけで、彼は一切ものをいわなかった。当時のこととてビデオテープもなく、判定が正しかったかどうかは遂に判定されずに終ったが、人々はその惜敗に奮起して次のシーズンの彼の活躍を期待したが、第一次大戦が始まり、世の中はもはやラグビーどころではなくなった。
その戦争の最中、ある激戦地の野戦病院で、ある軍医が重症を負った一人の兵士を看護した。兵士の認識票を見て、医者は驚いた。ラグビー気狂いだった医師にとっては忘れ難い名前、かつてのあの大試合のヒーローが、この重症の兵士だった。
それを知って医師は看護に専心したが、傷は重く、遂にその兵士は死んだ。
彼の臨終の際、すでにファンと選手として相識る中になった医師が、かつての名選手に、何かいい残すことはないか、と尋ねた時、死に際の懺悔の聴聞を終った後、件の選手はかすかに唇を動かし、聞きとり難いほどの低い声でいった。
「あの試合のあのトライは間違いがなかった。レフリイが間違っていたのだ」と。
一生をかけた遺言としての、この言い訳を信じぬものがどこにいるだろうか。
⬆︎ これが石原慎太郎[男の世界]の中の《男の言い訳》の文章です。
僕はこれを読んでラグビーを生涯やることを決めました。たつぽん 見城徹見城徹 箕輪編集室主催[スナック徹]を終えて感想を一言。
皆さん、礼儀正しい、いい方でした。グループに分かれて1グループ10分の会話。1人に換算すると2、3分ぐらいで申し訳なかったです。
時間のせいもあるのか、性急に答えを求める人が多かったように思います。当たり前ですが僕や箕輪に答えなんて出せません。個別の問題に答えなど出しようがないのです。仕事のモチベーションをどうやって作り出すのか?という質問も多かったのですが、モチベーションなどその時好きな女性がいれば振り向いてもらえるように頑張るし、手に入れたいものがあればそれが買えるように頑張ります。そんな程度です。立派なモチベーションなどありません。勿論、達成感を得るためとか、新しい価値を創造したいとかもありますが、自分を突き動かすのはもっと個的な欲望です。だから、仕事は面白いのだと思っています。自己実現の手段だからです。
人はそれぞれがそれぞれの事情を抱えて生きています。ですから、答えはそれぞれに違います。では何故、箕輪編集室に皆さんは入ったのか?先ずは箕輪に会えます。箕輪の息遣いを間近で感じることが出来ます。堀江貴文をはじめとする普通には絶対会えないゲストと会うことが出来ます。箕輪の仕事を手伝うことで今までにない体験をします。そこで何を「感じる」かが重要だと僕は思います。そこに答えはありません。箕輪編集室を体験して、感じて、答えはそれぞれ一人一人が出すものです。ゲストの僕に会って、あなたは何を感じたか?それをあなたの人生でどう血肉化して行くか?
「私はこういう事情を抱えていてこんな風に悩んでいます。どうしたらいいでしょうか?」
そんな質問は無意味です。だって僕にはそんなことは解らないし、たとえ適当に答えてもそれが問題解決にはなりません。知って欲しかったのは僕の個的な佇まいです。僕の個的な匂いです。僕の個的な言葉です。それを感じてくれればいいんです。最後に皆さんに40分ぐらいお話したことは僕の考え方の方法です。一生懸命話しました。皆んな切ない有限な人生を生きています。価値は自分で決めることです。あなたはどう生きるのか?答えは自分で見つけて下さい。