ヤスナガのトーク活動再開
トーク情報- ヤスナガ
ヤスナガ 想定どおり、未知が訪れる
さて、最後に、これから社会はどう変わっていくのか、皆様と一緒に考えてみたいと思います。
「AIフルな社会」において、想定通りの未来が訪れようとしています。
Anthropicのダリオ・アモデイ氏も、Google DeepMindのデミス・ハサビス氏も同様のことを述べています。AGI(人工汎用知能)の到来時期について、両者の予測には多少のタイムスパンの差はあれど、「必ず来る」という点では一致しています。
ただ、二人に共通しているのは「社会の準備が整っていないため、到来を少し遅らせたい」という主旨の発言をしている点です。
皆さまは、昨日の最高裁判所の判決をご覧になったでしょうか。AIを「発明者」としては認めない、つまり特許の出願人としてAIを認めることはできないという判決でした。
しかし、その判決文の中では、今後AIが次々と発明を生み出す時代に備え、新しい制度を検討していく必要があるかもしれない、と触れられていました。
最高裁も、AIによって発明が加速する時代が必ず来ると認識しているのです。そのためには現在の制度だけでは不十分かもしれない、と示唆しています。
では、社会の準備ができていない中で、経済はどう変化していくのでしょうか。
昨年9月頃からIT研究者の間で議論されていますが、AIエージェントがどのような経済圏を構築していくのかという考察がされていて、非常に重要です。 - ヤスナガ
ヤスナガ 数学の難問を、AIが解く寂しさ
翻って、個人の生活はどうでしょうか。
効率化が進み、人間が今よりもはるかに多くの自由時間を手にする時代は、すぐそこまで来ています。私自身、昨年の夏にバイブコーディングを始めて以来、その楽しさにハマりました。これまでにない喜びを感じる一方で、個人的には少し寂しさを覚えることもあります。
例を挙げれば、私はサイモン・シン氏の著書『フェルマーの最終定理』が大好きです。17世紀初頭、ピエール・ド・フェルマーがある仮説を書き残しました。一見すぐに証明できそうな内容でありながら、実際には証明までに350年もの歳月を要したのです。そのノンフィクションの物語が、本書には描かれています。
なぜこの本に感動したのか。それは、この挑戦が食欲や子孫をたくさん残すといった“本能に直結したものではない”からです。いわば「抽象概念の操作」という、形のない知的な大作業のために、3世紀にわたって大陸を越え、多くの数学者たちが「知のリレー」をつないできた。その尊さに心打たれたのです。
これこそが人間たるゆえんであると深く感動していたのですが、最近、数学者ポール・エルデシュが遺した膨大な未解決難問のうちの一つをAIが解いたというニュースを耳にしました。 - ヤスナガ
ヤスナガ 正直なところ、一抹の寂しさを覚えずにはいられません。
将棋でAIに負けたとしても、それほど悔しくはありません。それは、イルカと水泳で競って負けるのを悔しがらないのと同じで、やはり人間同士で競い合うことに面白さがあると思えるからです。
しかし、数学の証明は一度なされてしまえば、それで完結してしまいます。その事実に寂しさを感じ、メンバーに話したら、「南場さん、大丈夫ですよ。人間が査読すればいいんですから」となだめられました。
ですが、査読自体もAIがやるに決まってるじゃないですか。そうなれば、AIが問題を作り、AIがそれを解き、さらに別のAIが査読を行う。人間はその知のランデブーの外側で、ただ呆然と眺めるだけになってしまうのではないか。そんな風に考えてしまうのです。
これは、いわば「人間の尊厳」に関わる問題です。 - ヤスナガ
ヤスナガ AIが人間に仕事を頼む未来に「人間の尊厳」をどう定義するか
皆さまも「Moltbook(モルトブック)」というAIボットのために作られた掲示板のようなものをご存知かもしれません。「あなたはAIですか、人間ですか?」と問われ、AIでなければ書き込めないという仕組みです。
実際には、人間がプロンプトを通じてAIに書かせている部分も大きいのでしょうが、未来を予感させるには十分な試みです。
また、「RentAHuman」のように、人間がAIエージェントに仕事を依頼すると、AIがサブエージェントを駆使してタスクをこなし、どうしてもAIでは完結できない部分だけを人間に「発注」するというモデルも登場しています。
人間がAIから報酬を受け取って働くという構図も、未来を占う上で非常に示唆に富んでいます。 将来、あまりに人間が暇を持て余しているなら、「そこで自転車でも漕いで発電していろ」と言われる日が来るかもしれません。(会場が笑いに包まれる)
私自身、毎朝AIと喧嘩しながら仕事をしている身ですから、案外その状況を普通に受け入れてしまうのかもしれない、とも思います。 - ヤスナガ
ヤスナガ 押し寄せる未来。学者任せにせず、当事者として議論を
しかし、こうした事態について、私たちはもっと積極的に議論すべきではないでしょうか。
現在、社会学や哲学の観点から様々な論文が出ていますが、残念ながら日本発のものはまだ少ないのが現状です。
日本の学者の方々にももっと参画していただきたいですし、これは学者任せにすべき問題でもありません。
この未来は、私たちの意思に関わらず、確実に押し寄せてきます。
特にフィジカルAIが普及すれば、変化は物理的な実体を伴って、より不可逆的に進むでしょう。 必ず来ると分かっている未来であれば、私たちはその変化を注視し、とことん議論し、主体的に関与していきたいと考えています。
本日は一日、DeNA AI Dayにお付き合いいただき、誠にありがとうございました。 この未来について、皆さまと共に議論し続けていけることを願っております。ご清聴ありがとうございました。
https://type.jp/et/feature/30605/