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とーく
トーク情報難波ー 秋元康秋元康 僕が作詞した曲の総売り上げが1億枚を突破したことをオリコンさんから聞きました。驚きました。AKB48グループ関連のヒットが多いのかなあと思っていたら、6500万枚くらいは、AKB48グループ以外の作品だったそうです。作詞家として、35年間に積み上げたものが記録となったわけです。まさに継続は力なりですね。作詞は原稿用紙、パソコンを前にコツコツ書くという地味な作業なので、いつの間にか、そんなに多くの作品を世の中に送り出していたことに気づきませんでした。僕の歌を多くの方が聞いてくださっている事実に感動しました。稲垣潤一さんの「クリスマスキャロルの頃には」が流行っていた時、失恋しましたとか、とんねるずの「ガラガラヘビがやってくる」が流行っていた時、受験でしたとか、中島美嘉さんの「WILL」が流行っていた時、入院していましたとか、あるいは、結婚した時、藤谷美和子さんと大内義昭さんの「愛が生まれた日」が流行っていましたとか、亡くなった母が美空ひばりさんの「川の流れのように」が大好きでしたとか、みなさんの思い出の目次となっているとお聞きした時、作詞家になってよかったと思います。これからも、みなさんの“思い出の目次”になるような歌を書き続けたいと思います。
1億枚は、みなさんの思い出のアルバムです。もちろん、僕の思い出のアルバムでもあります。
ありがとうございます。難波ー ゆあたんゆあたん
神門が卒業してから、突然手紙が来ました。
内容はSKE時代はお世話になりました、と言うものでしたが、その中でも実は、
昨年、神門のお姉さんが25歳という若さでこの世を去っりました。
そのお姉さんが闘病中、病院で「朝が来た」を楽しみに観ていて、「365日の紙飛行機」をよく口ずさんでいたそうです。
“”365日の紙飛行機”に救われて最後まで希望を捨てなかったことを感謝して、秋元先生に手紙を書き、
僕はそれを、秋元先生に渡しました、
先日、それを読んだ秋元先生が、755にメッセージを書いて下さったと思うのですが、
それを見た時、自然に涙が出てきました。
神門に秋元先生が、755にメッセージくれているよと、連絡もしました。
神門からも、ありがとうございましたと、嬉しそうな返事をもらいました。
歌の力って、本当に凄いと思いました。
神門のお姉さんのご冥福を改めて、お祈り致します。