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斉藤徹

20代頃は、やらなきゃいけないことが山ほどあったから、すごく楽しかった。 毎日が必死で、走っているだけで生きてる感覚があった。 周りなんて気にする暇もなくて、ただ前だけを見ていた。 24で起業した。 最初はうまくいって、少しの成功と、ちょっとした自信が生まれた。 でもその裏側で、気づかないうちに周りを見下したり、斜に構えたり、人の話が素直に聞けない自分がいたと思う。 だから成長できなかったんだと思う。 30代になると、途中から起業した人たちにどんどん抜かされていった。 焦りとプライドがぶつかり合って、抜かされたあとの悲壮感は、なかなか拭いきれなかった。 悔しかった。 名前を聞くたびに、SNSで記事を見かけるたびに、心の中では「なんであいつなんだよ」って何度も思ってた。 俺は、あいつよりずっと前からやってきたのに。 ずっとしがみついて、泥水すすって、それでも耐えてきたのに。 それでも表では笑ってた。 すごいね。なんて、負けを飲み込むように言ってた。 でも正直、心のどこかでは嫉妬と怒りに焼かれてた。 そんな自分が一番嫌だった。 「なんで俺は、こんなに頑張ってきたのに」 「こんなはずじゃなかったのに」 そんな気持ちを隠すように、異性やお酒に逃げたり、海外に出たりしていた。 ヨーロッパを旅して、憧れの景色を前に、美味い飯を食べて、ワインを飲んで。 自由なはずの時間の中で、ふと心に浮かんだ。 「俺、何やってるんだろう」 楽しんでいるはずなのに、心の底から楽しめていない。 どこか空っぽで、置いてけぼりになったような感覚があった。 現実逃避のように酒にも逃げていた。 酔えば少しだけ忘れられる気がして、でも朝になればまた、自分の虚しさが残っていた。 あの頃、何度も自分に問いかけていた。 「こんなことを叶えたくて起業したんだっけ?」 「なんで、あんなに辛いことまで歯を食いしばってやれたんだっけ?」 答えはすぐには見つからなかった。 でも確かに思った。 今の俺には、闘ってる実感がないって。 虚無感は、何よりもしんどかった。 傷ついているわけでもないのに、心のど真ん中に風が吹き抜けていくような、静かで深い苦しさだった。 そして38歳で、債務超過。 事業で失敗し、一気に転落した。 でも、不思議とそのときの方が、虚無にいた30代よりよっぽど生きてる心地がした。 どん底にいたあの日々の方が、むしろ楽だった。 そこからようやく腹が決まり、もう一度、本気で闘おうと決めた。 そして40代になって、ようやく「これだ」と思えるものに出会えた。 自分のためだけじゃなく、誰かのために、世の中のためにと心から思えることが見つかった。 やるべきことがあるって、人生をこんなにも前向きにしてくれる。 数字じゃない。称賛でもない。 自分の中で納得できる毎日が、ようやく積み重なりはじめた。 あの虚無があったからこそ、今がある。 そう言える40代が、めちゃくちゃ楽しい。 おはようございます。 今日も新しい一日を頑張ります。

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始めたばかりです。
トーク情報
  • 斉藤徹
    斉藤徹

    朝はやっぱり良い。頭も静かだし、余計なノイズが少ない。少しだけ、自分と向き合える気がする。夜になると、色々な感情に飲まれそうになる。30代の頃は、現実を直視できず酒に逃げていた。今は、目をかっぽじって現実を見ている。
    辛い。だが、その辛さだけが、自分を生かしている気もする。

  • 斉藤徹
    斉藤徹

    ここ数日、色々ありましたが、自ら先頭に立って動いてきたことで、少しずつ状況も変わってきました。

    不退転の覚悟で、正面突破してまいります。

  • 斉藤徹
    斉藤徹

    辛く苦しい時は、見城さんとの過去のLINEを見返す。良い時も、悪い時も、報告し、相談し、その度に背中を押してもらった。自分だけが見ているのは勿体ないと思うほど、言葉をいただいてきた。
    不退転の覚悟を持った男は、傷だらけになりながら前へ進む。

  • 斉藤徹
    斉藤徹

    障がい者雇用は、本当にコストなのでしょうか。

    私はそうは思っていません。

    もちろん、綺麗事だけでは続きません。
    事業として成立しなければ、雇用も広がらず、社会課題も解決できません。

    だからこそ私たちは、収益性と社会性を両立するモデルを本気で作りたいと考えています。

    このたび千葉大学様、ジャパンプランツテクノロジーズ様と共同で、高単価イチゴの生産技術確立に向けた研究を開始しました。

    目指しているのは、高品質なイチゴを周年で安定生産しながら、障がいのある方が継続的に活躍できる新しい農業モデルの構築です。

    障がい者雇用農園では、就労機会の提供が主目的となる一方で、収益性や賃金水準の向上という課題もあります。

    今回の研究では、

    ・高単価市場に適したイチゴ品種の選抜
    ・障がい者が取り組みやすい栽培オペレーションの設計
    ・高温期における周年栽培技術の確立
    ・高付加価値化による収益向上

    に取り組みます。

    障がい者雇用をコストではなく価値創造へ。

    福祉だから続けるのではなく、事業として成立するからこそ、より多くの雇用を生み出し、より多くの社会課題を解決できる。

    私たちは、その前提そのものを変える挑戦をしています。

    24歳で起業して19年。

    売上や利益を追いかけ、債務超過で会社が潰れかけたこともありました。

    だからこそ今は、利益を出しながら社会課題を解決することこそが企業の存在意義だと考えています。

    研究はまだ始まったばかりです。

    しかし、もしこのモデルを実現できれば、障がい者雇用に対する見方そのものを変えられるかもしれません。

    障がい者雇用はコストではない。
    価値を生み出す事業になり得る。

    その証明に挑戦していきます。

    https://www.cn.chiba-u.jp/news/press-release_260604-14/?fbclid=IwZnRzaASOTIFleHRuA2FlbQIxMQBzcnRjBmFwcF9pZAo2NjI4NTY4Mzc5AAEein8-xz1E3GmEO5NIpvgHtGBBwQVYlN7nIpvmx8KOfNRJqfosP-Kaq5Urp8o_aem_g-FhFmT00vK0SEzBGoTZxg

  • 斉藤徹
    斉藤徹

    一度は債務超過に陥り、会社は潰れかけました。

    あの経験がなければ、今の自分はいません。

    どん底で気付けたこと。

    そして、少しずつ変わることができた自分自身のこと。

    今の経営哲学と人生哲学についてお話ししています。

    https://youtu.be/l6XdMt3YvhY?si=zxoD8-Hzs1_uPJJe

  • 斉藤徹
    斉藤徹

    昨年、自分に課した言葉は「抉る」。今年は「張る」。そして来年は「引き受ける」。昨年は抉り切れなかった。今年も6月までは、抉れてもいなければ、張れてもいなかった。もっとひりつきたかったし、仕事にもっと刺激を求めていた。そして今は、ようやく抉れているし、張れている。会社の次の成長に、自分自身を賭ける決断をいくつもしている。今は毎日が刺激的で、同じくらい憂鬱で。でも、不思議なくらい充実している。自分が求めていたのは、楽な毎日ではなく、こういうひりつく日々だった。
    失敗することよりも、失敗を恐れて張らなかった自分を、後から振り返る方がよっぽど怖い。
    来年「引き受ける」ためにも、昨年やり切れなかった「抉る」と、今年の「張る」を、今年は徹底的にやり切る。抉って、張って、その結果のすべてを引き受ける。

  • 斉藤徹
    斉藤徹

    今日は父の三回忌で実家へ。父との記憶を辿っていると、あれほど確かにそこにいた人が、今はいないということの不思議さに、改めて立ち尽くす。人生は儚い。父が死んだことは寂しい。でも、それと同じくらい、いつか自分も死ぬということが寂しい。頭ではずっとわかっていた。けれど父の死によって、それが知識ではなく、現実になった。どれだけ何かを成し遂げても、どれだけ夢中になって生きても、いつかすべてを置いていく日が来る。だから、生きている今を使い切りたい。死があるから、生は切実になる。終わりがあるから、今日という一日は二度とない。ホスピスで、死を目前にした父が最期に残した言葉。「幸せな、良い人生だった。」いつか自分にも、その日は来る。その時、父と同じ言葉を言えたなら。それ以上、何を望むだろう。

  • 斉藤徹
    斉藤徹
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    昨日発売の『GOETHE』にて、見城さんとの「相師相愛」に掲載していただきました。

    私にとって見城さんは、経営だけでなく、生き方そのものに大きな影響を与えてくださった方です。

    このような貴重な機会をいただけたことを、心より光栄に思います。

    私はまだまだ道半ばです。
    振り返れば、ここまで来られたのも、社内外を問わず多くの方々に支えていただいたからこそだと、改めて感じています。それは私にとって、何よりの財産です。

    見城さん、GOETHE編集部の皆様、本当にありがとうございました。

    いただいた言葉を胸に、そしてその言葉に恥じないよう、これからも挑戦を続け、一つひとつ結果で示していきます。