桑辞典
トーク情報- トット桑原
トット桑原 家庭や学校の教育には限界があり、子供達の人格形成のために完全なる教育を目指す手助けをするとゆう理念のもと作られた組織のこと
初代会長は斎藤久二 (さいとう ひさじ)
斎藤は元々、明治時代、蘭学者であった富美山城三郎(とみやま じょうざぶろう)が開設した私塾「富美山塾」の塾生であった。
富美山塾では貧しい者や女性であっても分け隔てなく学ぶことができた。
後に斎藤は自分も教師となり様々な土地を渡り歩いた。しかし、学校に満足に通えない子供達、学びたくても学べない子供達が日本中にいることを悲しみ、自分一人の力では解決できない。と感じた。
そして、全日本教育連合を結成する。
斎藤の人柄や人脈もあり、多くの人が協力し、日本中に支部を作った。「何人も出自によって教育の権利を奪われることは許されない」とし、希望者は全て受け入れた。
しかし、格安で様々な勉強を教われるので、他の塾や学校に行く子供達が激減し、斎藤に非難が殺到してしまう。そんな中、教え子(といっても1週間ほど通って退学した者だったことが判明している)が、窃盗をし捕まったことから斎藤は責任を取らされ会長職を辞することとなり、急速に連合の規模は縮小していく。
その後、二代目である現会長、斎藤耳目(さいとう じもく)が、失意の中亡くなった父の仇をとると、全日本教育センターに改名し、「完璧な教育」を掲げた。
全寮制でカリキュラムを組み個性より秩序を重視している。
一部では洗脳との声もあるが、優秀な生徒が多く、各界に人材を輩出している。
著書
「全日本教育センターからの手紙」
「全教セン〜私が教えから目覚めるまで〜」 - 削除されたユーザーが退席しました