曲が町になる
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あいちゃむ タクマタクマ 🎶第1話.
「履物と傘の物語」-1-🎶
ここ赤晴町(あかばれまち)は、人口755人の小さな下町。
住人は大抵知り合いで、交通便も何不自由ない。
挨拶が飛び交い、人に懐いた鳩が平和を象徴している。
しかしこの町は昔から、比較的濃い酸性雨が降るらしく、木花はなかった。
住民はさほど気にしていないらしいのだが……。
さてさて、何だか今日の赤晴町も賑やかですね。
おっと何だかお店で騒いでますよ。
これは2人の老婆のお話。
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ゴチン!!!!
駄菓子屋さんの店内に鈍い音が響いた。
「早ぅ謝りぃ!!!!」
腰の曲がったお婆ちゃんが小さな男の子を怒鳴っている。
「まぁまぁトネばぁちゃん、翔太君も反省してるみたいですし……。」
店員さんも“その辺に”と言わんばかりに口を挟んだ。
10歳を迎えた翔太は、この町では有名な“悪ガキ”。
町の人にとってこれくらいのことは日常茶飯事なのだ。
それでもお婆ちゃんの怒りは収まらず、
「そういう訳にもいかん!!!またお店の物を勝手に持ち出して!!!もう、一度や二度のことじゃな……」
「ばぁばが買ってくれんきやろ!!!」
そう言って翔太は勢いよくお店から飛び出した。
「どうも申し訳ありません。孫も間が差したと言いますか……。」
翔太はトネばぁちゃんの孫にあたる。
「気にしないで下さい。外は雨降ってますしそろそろ暗くなりますので、トネばぁちゃんもどうぞ気を付けてお帰り下さい。」
トネばぁちゃんの家は町の端にあり、1階で傘を作って販売し、2階で娘夫婦と翔太の4人で暮らしている。
町の人は皆、そこで傘を買っていた。
トネばぁちゃんは深々と頭を下げてお店を後にし、家に向けて、コツコツと下駄を鳴らした。
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その頃翔太は、家の向かいにある履物屋の縁側に座っていた。
「あらあら。また拳骨されたのかい??可哀想に。はい、どうぞ。おはぎでもお食べ。」
「やったーー!!!!チエばぁのおはぎ大好き!!!ばぁばもチエばぁみたいに優しかったら良かったのに!!!」
履物屋のチエばぁちゃんは、トネばぁちゃんとは対照的で温厚な性格のためか、翔太はよくチエばぁちゃんの家に遊びに来る。
「でもお店の物を勝手に取ったらいかんよ。翔ちゃんも自分の物を取られるのは嫌じゃろ??お店の人も同じじゃ。お腹がすいたらいつでもおいで。チエばぁがいつでもおはぎをご馳走してあげる。」
翔太は納得したのか、左手に持ったおはぎを口に押し込み、
「チエばぁありがとう!!!また来るね!!!」
そう言って翔太は自分の家へ帰って行った。あいちゃむ タクマタクマ 🎶第2話.
「履物と傘の物語」-2-🎶
翔太が家に着くと、母は炊事を終え、父はお風呂に入っていた。
カレーのいい匂いが玄関まで届いている。
「……た、ただいまー。」
手を洗って部屋に入ると、母とトネばぁちゃんは席に座っていた。
翔太の家では食べる定位置が決まっており、翔太の隣にトネばぁちゃん、ちゃぶ台を挟んで翔太の前に母、その隣が父で2:2で向かい合って座る。
席に着き、母をチラッと見ると、目を瞑って腕を組んでいた。
母は怒っている時、いつもこの体勢になる。
気まずい空気の中、父がお風呂から上がってくるのを待っていると、
「お、翔太。帰ってたか。」
……上がってきた。
いつものパターンだと、これから説教が始まる。
「何か言うことはないの??」
母がそう言うと、始まったなと翔太は心の中で呟いた。
「ん??」
「翔太、ちゃんと言いなさい。」
「何が??」とぼける。
「全部知ってるから、翔太の口から説明しなさい。」
こういう時、父はいつも知らん顔だ。
あんまり長く引きずると、母の機嫌は悪くなる一方だと感じた翔太は、駄菓子屋さんでお菓子を勝手に食べた事、お婆ちゃんに怒られた事、全てを説明した。
「何か言う事があるんじゃないの??」
「……ごめんなさい。」
「お婆ちゃんにも謝りなさい。」
「ごめんなさい。」
「次からはこういうことはしちゃダメだからね。」
母のいつもの締めの言葉を聞き、
(よし、今日もこれで一件落着だな。)
父がそう思った束の間、
「何でいつも……!!」
「ばぁばは何でいつもママに言うんだよ!!!」
思いがけない翔太の言葉に父は驚いた。
いや、父だけじゃなく、母も驚いた表情を浮かべたが、トネばぁちゃんだけは落ち着いた表情で箸を置いた。
翔太は続けた。
「それに何で駄菓子屋にばぁばが来るのさ!!!!拳骨も痛いしさ!!傘作るのやめてまで来ないでよ!!!!」
慌てて母が何か言おうとすると、翔太はバンッ!!と箸を置いて自分の部屋に入っていった。
母が追いかけようとするとトネばぁちゃんは、
「ほっときなさい。今日チエにも少し注意されたらしくて気が立っとったんじゃろ。きっと自分でも反省しとる。それに小さい頃のあんたはもっと酷かったぞ。」
母はそう言われると、
「……パパも何とか言ってよ。」
そう呟いて会話は途切れた。
翔太の家でそんなことが行われていた最中、外で起きている大騒動にこの時は誰も気付いていなかった。あいちゃむ タクマタクマ 🎶第3話.
「履物と傘の物語」-3-🎶
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騒動に気付いたのは、会話が途切れた30分後のことだった。
救急車が向かいの履物屋の前に止まったことに、翔太が気付いたのだ。
4人で慌てて外に出ると、チエばぁちゃんが担架の上に横になって、救急車の中に運ばれていた。
「どうしたの!?チエばぁ大丈夫なの!?」
翔太が救急隊員に尋ねても相手にされない。
救急車は迅速に走り去って行った。
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数時間後、チエばぁちゃんの訃報はあっという間に町中の耳に入った。
病院の控え室では、翔太が声にならない声を上げて泣いている。
「どうして……!!!どうしてチエばぁが死ぬんだよ!!昼まであんなに元気だったのに!!それにお腹がすいたらいつでもおいでって!!!おはぎをご馳走してくれるって!!!あれ……、嘘だったの!?」
翔太の声が院内に響く。
町中も同じように深い悲しみに包まれていた。
トネばぁちゃんもまた、目を閉じて思い出を辿ってるかのように座っている。
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~回想シーン~
それは10年前。
翔太が産まれる前のこと。
トネばぁちゃんとチエばぁちゃんは、履物屋の縁側でおはぎを食べ、お茶をすすりながら話している。
「もうすぐ孫が産まれるそうじゃのう。」
チエばぁちゃんはお茶をすすりながら言った。
すると隣でおはぎを食べているトネばぁちゃんは、
「相変わらずおはぎだけはうまいのぅ。……ん??何か言うたか??」
「もうわしらも孫が出来る歳ということじゃ。早いのぅ。孫の代にはこの町も、花や草木が生えとるといいんじゃが……。」
チエばぁちゃんがそう言うと、その一言で思い出したかのようにトネばぁちゃんが語り始めた。
「チエ!!そのことなんじゃが、いいことを思いついたぞ!!この町全体を傘で包むんじゃ!!そうすれば酸性雨の影響は受けんし、晴れた日には傘を閉じればいい。これでこの町にも“花畑”が出来る!!どうじゃ、名案じゃろ!!」
ここまで来ると、チエばぁちゃんは感心すらしていた。
「そんな大きな傘誰が作るんじゃ。もしそんな傘が作れたらな、わしも町の人全員分の履物を編んで、その“花畑”とやらをわしの履物を履いた人で埋め尽くしちゃるわ。」
トネばぁちゃんはそれを聞いて、
「それはええ案じゃ!!!それが出来ればこの町の英雄じゃな!!!わっはっは!!!」
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「……あさん!!お母さん!!!」
トネばぁちゃんは娘の呼ぶ声に目を覚ました。
「お母さん、そろそろ帰るよ。」
「そうじゃな。」
そう言って病院を出た。
翔太は父におぶられ、喉をヒクヒク言わせながら顔を背中をうずめていた。