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片雲の風にさそはれて
トーク情報
  • てんあつ
    てんあつ

    昨日買い物途中、道路脇の畑で幼稚園児たちが芋掘りをしていた。
    その姿を車中から眺めていたら、何故だか涙が滲んだ。
    とうの昔の自分の姿も、ああだったのだろうか?と投影してしまったのかも知れない。

    人間は綺麗なままでは生きられない。
    薄汚れ、うらぶられて、それでも尚生きて、それらを日本人特有の、侘び寂びの端くれの美意識に変えて、高潔で在りたいと願って居る。

    今日も雨。空気中の垢と共に俺の人生の垢も、海へと流してはくれまいか。

  • てんあつ
    てんあつ

    10月も下旬突入⁉️
    時間の流れが早すぎて怖さまである。笑

    あほあほしてたら、あっちゅーまに年の暮れになりますね💦あーヤダヤダ💦

  • てんあつ
    てんあつ

    残された者の気持ち。

    次々にやってくる哀惜の念と寂寥感に、ただただぽつんと身を置くのみ。
    愛した人達との愛しき日々。
    そんな思い出を抱えながら孤独に生きるのは、筆舌に尽くし難い。

    朝な夕なに現れる、その姿無き人々。
    どんなに愛していたかを、涙だけが知っている。

  • てんあつ
    てんあつ

    こんなに悲しくて、こんなに寂しいなら、僕のほうが先に逝きたかったよ!と、馬鹿なことさえ考えてしまうくらいの気持ち。

  • てんあつ
    てんあつ

    【恭・寛・信・敏・恵】
    恭則不侮。寛則得衆。信則人任焉。敏則有効。恵則足以使人。
    「恭寛信敏恵」の五つのことを行えれば「仁」と言えるというのである。つまり、恭(うやうや)しければ侮られることはなく、寛(おおらか)であれば人望が得られ、信(まこと)があれば人から頼りにされ、機敏に対応できれば仕事ができ、結果が伴い、恵(めぐみ)深ければ人がついてきてうまく使えるものだと語っているのである。

    色々なことに打ち当たり、己に迷いが生じた時には、論語などを紐解いて見る。
    そしていつも、そこには見城さんが居る。まあ、僕の脳は既に"見城さん脳"であるから、全てを見城さんに結び付け、こじつけて居るのかもしれないが…何処にでも見城さんが存在する。
    今回も上に記した言葉に、見城さんを真っ先に想った。
    真に人間の姿を現しているのは、見城さんだけなのではないかと…最近では思い始めています。

    いつも見城さんは僕らの胸ぐらを掴まえて、生きるとは何か?人間の姿とは何か?を問い質してくれている。

  • てんあつ
    てんあつ

    ↑ふと僕の古いメモを見返していたら出て来ました。
    いつ書いたのか覚えていません。日付けを記していないところが僕の甘さです。