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絶望しきって死ぬために
トーク情報
  • 死ぬために生きる
    死ぬために生きる

    見城さんが屋形船[いざなぎ]で「うし松」平久保シェフのお料理と共に飲まれたワイン

    左から

    クラウディ・ベイ ソーヴィニヨン・ブラン 2024
    ×2

    コシュ・デュリ ムルソー 2022
    ×2

    ルフレーヴ シュヴァリエ・モンラッシェ 2022
    ×2

    シャトー・カロン・セギュール 1990 マグナムボトル

    素敵な皆様、見城さんが超絶美味しかったと仰るほどの、西麻布[うし松]平久保シェフのお料理の数々、この世あらざる美しいシチュエーションとロケーション。

    お誕生日から1ヵ月経ってもなお皆様に祝福を受ける、見城さんの人としての凄み。

    全てに想いを馳せます。

  • 死ぬために生きる
    死ぬために生きる
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    今日は箕輪さんが関わるイベントへ。

    故郷から始発で向かったものの、大雪の影響もあり途中で電車が止まってしまったため、急いで電車を降りてたまたま通りかかったタクシーに飛び乗った。

    ガタガタの雪道と吹雪の中、運転手さんの素晴らしい運転で、なんとか乗らなくてはいけない新幹線に間に合った。

    誠意とは「スピード」と「無理をすること」という見城さんのお言葉を思い出した。

    運転手さんにも、こんな天候の中新幹線を通常通り運行してくださるJR東日本にも、全くもって頭が上がらない。

    僕は、箕輪さんからいつも恥ずかしいくらいに一方的に学びをいただいている。
    今日も勝手に学ばせていただいた。

    箕輪さんのずば抜けた他者理解。
    少年で大人、大人で少年、繊細で大胆、大胆で繊細という、両極をスイングする傷つきやすい心。

    そんな箕輪さんを見て、感じて、僕は次の移籍先について考えた。

    有難いことに前所属のクラブからは契約更新のオファーがあり、僭越ながら他の国のクラブからも獲得の打診が届いている。

    しかし慣れた場所や、僕以外の日本人もプレーした、日本人が認められている国のクラブでプレーして何になるというのだ。

    暗闇の中を跳ぶしかない。
    長くても残り1年半のサッカー選手生活。
    ぬるいこと、誰にでもできることをやっていても意味がない。

    この決断ゆえに毎日毎晩さらに憂鬱になるだろうが、憂鬱は我が友、我が家族、我が師。

    たった1年半。1年半は今日のみ。

    自己満足の努力はしない。
    絶望しきって引退するために。

  • 死ぬために生きる
    死ぬために生きる
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    5回目の映画[栄光のバックホーム]。

    何度この時間を過ごしても涙がとめどなく出てくる。

    755や日々の中でどれだけカッコいい言葉を吐こうとも、いろんな人の前でカッコつけてみようとも、僕は日々自分の甘さに負ける、ちっぽけな情けない男だ。

    観るたびにこの事実を再確認し、悶え、苦しみ、その先に時間と人を大切にしようと改めて決意する。

    この映画に出会えなかったら、僕はどうなっていただろう。

    映画[栄光のバックホーム]は、巷に溢れる感動の実話だとか、成功譚だとか、そんな言葉で片付けられるものではない。

    横田慎太郎さんが、圧倒的努力と素敵なお人柄で起こした奇跡と栄光の物語。
    それを製作に携わった全ての皆様が熱狂し、圧倒的努力し、作るとか撮るとか演じるとかそんなことではなく、本物をスクリーンに映している。

    横田慎太郎さんと、横田慎太郎さんを愛した者達の本物の物語がスクリーンの中にはあるのだ。
    こんな映画後にも先にも絶対にない。


    今回は母が誘ってくれた。
    母はなんと6回目。

    年末に近しい方を立て続けに亡くした際、どんな時も気丈に振る舞う母が珍しく落ち込んでいた。
    そんな時に母を救ってくれたのが映画[栄光のバックホーム]だった。

    今回なぜ誘ってくれたのかと聞くと、つい先日癌で闘病中だった同僚が亡くなり、その事実から前に進むために観に行きたいのだと教えてくれた。

    生とは死だと、永遠とは一瞬だと、無限は有限だと、わかっていても母はその事実をを受け止めきれていなかった。

    映画[栄光のバックホーム]を観ることで、その事実を「今日をちゃんと生きる」という気持ちに昇華させていたのだと思う。

    母も僕も人生を変えてもらい、救ってもらっている。

    当たり前だと思うこのひととき、今日1日。
    この1日だけが一生であり永遠。
    人それぞれの人生があり、その人達にそれぞれの生きる意味があるのだと思うが、この1日は誰かが生きたかった、渇望した1日。

    適当に生きるわけにはいかない。
    トレーニングしてから寝よう。

    特大の自意識があり、まだまだ母離れできてい子どもな自分を恥ずかしく思います。