絶望しきって死ぬために
トーク情報- 死ぬために生きる
死ぬために生きる 見城さんのご投稿は的を射ている。
箕輪さんもそうだが、やはり言葉を持つ方達は核心を貫く。
サッカーであれ、政治であれ、芸術であれ、何であれ。
本質に気づく、本質を見抜く凄みがある。
もうメッシは全盛期ではない。運動量で言えばもしかしたらチームメイトの1/3も走っていないかも知れない。
でも絶対的な存在としているからこそ、それを信じてチームメイトは走り続けられる。
守備に関しても攻撃に関しても。
見方によっては本当に神様のような存在で、救いを与えているのかも知れない。
メッシの運動量が極端に少ないアルゼンチンのサッカーに、世界で勝てるのかと懐疑的な目を向けていたが、これがアルゼンチンの最適解。
スピードやドリブルは全盛期から少し衰えても、メッシも現状の最適解を出してきている。
あとやっぱりメッシのフィジカルは凄まじい。必要な時以外に絶対に転けない。感動。 - 死ぬために生きる
死ぬために生きる 比べられないちっぽけなものではあるが、ここ最近は憂鬱な朝が多い。
どれだけ自分の不徳と捉えても、頭と胸を掻きむしらずにはいられないことが多々ある。
とにかく自分の人生は自責であるし、そんな感情も自分らしいと思いながらも、どうしても切り替えられない時は見城さんの足跡と筆跡を辿る。
栄光のバックホームを観る。忠臣蔵を思い出す。
過去も未来も周りも、色んなことが殺人鬼の如く迫ってくるが、今と自分に目を向ける。
見城さんや755の皆様に本当に救われている。
自己救済をしているという意味では、755そのものにも救われている。
僕は最近、一日一生の後に一生一日を付け加える。
一生は今日一日のみによって作られるという意味で付け加えているが、一日一生と本質は一緒だなと感じる。
憂鬱だし虚しいが、そう生きると決めたのはお前だろうと自分に言い聞かせる。
どうせ無に還る。死ぬために生きている。死ぬまで生きる。
胸を張って敗者の凱旋をできるのか。
悔しいし切ないし悲しいけど愛おしい人生。爆ぜる。
