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見城徹

↑ ながい、ながーい755の新年会でした。 率直に話せて良かったと思います。755は血が通ったSNSだと改めて痛感しました。SNSという仮想空間でありながら、放って置けない人間関係が構築されて、現実世界でも実は頼ったり頼られたりしているのです。それが垣間見える昨夜のclubhouseでした。僕にとっても人間味溢れる、、厄介だけど、かけがえの無いSNSです。 僕は[適当]が嫌いです。だから、755を [適当]に出来ないのです。たまには[適当]もいいのですが、いつでも[適当]な人との関係は御免被ります。一字一字にその人の心情を感じ、僕もまた魂を打ち込んでいるからです。僕はこれからもストロング・スタイルで行きます。 昨夜はかくあるべしと思えるオフ会でした。 企画した「じょんれのん」と「ジョージ」に感謝申し上げます。

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見城徹のトーク
トーク情報
  • 見城徹
    見城徹

    カレーの隣りあるのは味噌汁です。念のため。
    KOMBUCHAは撮り忘れました。店は確か
    [大泉工場]という名前だったと思います。
    西麻布の交差点に行けば直ぐに判ります。

  • 見城徹
    見城徹

    ↑ タイトルを何故、[かくしごと]にしたのかの監督の言葉を読んだが、原作通り[嘘]の方が全然良かった。人は皆んな少なからず「嘘」をついて生きている。その「嘘」こそが人間の真実を明らかにする。「嘘」こそが人間の前提だ。そういう作品なのだ。タイトルを[かくしごと]にして表面を隠しても意味がないと僕は思うのだが……。これだけ凄い映画を作った監督が何でタイトルを変えたのか?この映画全編を貫いているのは切なくて哀しい人間の「嘘」だ。「かくしごと」では全くない。「嘘」なんだけどなあ。それで内容がバレるなんてことは全く無い。

  • 見城徹
    見城徹

    つかざるを得ないようにしてついた嘘。
    その哀しい嘘がその人の人生を照らし出す。
    嘘こそがその人間の真実を語っているのだ。
    この映画のタイトルは[嘘]だ。[かくしごと]では軽くなってしまう。完璧なこの映画にたった一つ瑕疵があるとしたら、それはタイトルだ。