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三上雅博
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#見城徹 見城さんに初めてお会いした夜 なんだか胸が高鳴って 真っ直ぐ家に帰りたくなくって   女将と一緒にミナミで40年続く スナックへ立ち寄りカラオケ大会。 青春のバイブル尾崎豊熱唱。 自身の中学校の卒業アルバムに書いた言葉は 「あと何度自分自身卒業すれば本当の自分に辿り着けるだろう。仕組まれた自由に誰も気づかずに足掻いた日々も終わる。この支配からの卒業」 この出来事ひとつ見城さんとの出会いの演出。最高の伏線である。

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三上雅博のトーク
トーク情報
  • 三上雅博
    見城徹見城徹

    三上雅博のトークを読むといつも感動する。
    仕事をすること、生きて行くことの根本はこういうことだと思う。苦闘と忍耐と熱狂と歓喜。俗世間との謙虚な折り合い。仕事と人生への畏れ。圧倒的努力。正面突破。暗闇のジャンプ。真心と誠意と善良と正直で祈るように生きる。三上雅博の握る鮨がこの世あらざる味になるのはその結果だ。客は三上の空間で三上の人生の鮨を食べることになる。三上の人生と、食べ手の人生の交錯。三上の店から帰って客は生きている悦びを全身で噛み締めることになる。三上雅博の755のトークを読んで欲しい。

  • 三上雅博
    見城徹見城徹

    僕の嫌いな[夢]について初めて少し語ります。
    18歳と27歳の時、中学時代からの夢が実現しました。しかし、若さ故の意気がりか、ようやく手に入れたその夢を自分から手放しました。そこに安住したくなかったのです。今でも時々、後悔します。そして、34歳の時、熱狂の末に手に入れた夢は年を追うごとに色褪せました。つまり、それらは実現してみると自分の生きるモチベーションにはなり得なかっだのです。勝手なものです。
    今、僕は幾つかの夢を実現したと思っています。しかし、それらは実現した後、そうか、これが自分の夢だったんだと気付いたのです。僕には今、果たし得ていない夢が3つほどあります。一番大きなものは僕が生きている内はに実現しないでしょう。現実は苛酷で、一つを得るためには一つを失わなければなりません。残りの年月を考えると
    切なくなりますが、どれを優先するか?は覚悟を決めた選択の問題になります。人生は長いようで短い。73歳になってそのことが胸に沁みます。
    今日の絶望を明日の苛酷に。夢は実現した後にそれが本当に自分の夢だったのか吟味して語るものです。結論はきっと人生の最後の日にしか出ないものかも知れません。

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  • 三上雅博
    三上雅博
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    いつも水を汲みに来る、京極町のふきだし公園です。ちょうど桜が満開でした。
    けんじょうさんポーズ。

  • 三上雅博
    MIKAMI 女将 三上喜穂子MIKAMI 女将 三上喜穂子

    三上がなぜ前のお店を潰したのか、理解しているつもりです。

    今もそういうところがあるのですが、
    原価ギリギリで良いものをお出ししたり、無理をしてでも嫌なことでもお客様に合わせるところがあります。
    精神的にもストレスが溜まり、身体を壊すことでしょう。
    そうすると、もともと自転車操業のようなものなので1、2カ月休むことは営業を続けることが厳しくなるでしょう。
    もちろん色々な方法はあったと思います。

    ですがその時、三上はもう一度立ち上がる気持ちが無くなるほど辛くなっていたのだと思います。無意識のうちに自分で自分を追い込んでいたのでしょう。

    今は、三上の体調管理をさせていただいたり、やりたいことを優先してもらい、応援くださる方々のおかげで何とかやらせていただいていますが、会員制のお店の3年も、とても大変な3年でした。

  • 三上雅博
    三上雅博

    いつも戦っていたい。
    休みたいなら死んだ後に好きなだけ休んだら良い。

    何も成し得なかった1日ほど恐怖な事は無い。
    人生あっという間だ。