【炉心融解】 覚えているのは、薬を飲んだこと。 何錠だったのかは、覚えていない。 運び込まれた記憶も、すっぽりと抜け落ちている。 気付けば、何の彩りもなく真っ白で殺風景な病室のベッドの上。 もう、どのくらいここにいる？ 薄目に映る窓の外には、遠くに光る街のネオンがちかちかと華やかに浮かんでは消える。 こことは別の世界。 白い壁、白いシーツ、無音の部屋。 細い管を通り僕の体に流れるエーテル麻酔だけが、時間が進んでいることを教えてくれる。 砂時計が落ちるように点滴は雫を垂らす。 ゆっくりと意識が遠退いてゆくのがわかる。 まるで脳が溶けてゆくようだ。 ぐにゃぐにゃと湾曲する視界。 思考が滅裂になってゆく。 僕がなぜここにいるのかさえも思い出せない。 漂白されてゆく意識の中で辛うじて思い浮かぶのは、キミの悲しげな泣き顔だけ。 思い出したくもないのに。 しかし、それさえも漂白され消えてゆく。 消えてゆく。 消えて……。 シネバイイノニ。 キミモ、ボクモ、ミンナシネバイイノニ。 ゆっくりと目を開ける。 エーテル麻酔であれほど重かった瞼は、意外にもすんなりと開いてくれた。 なんだ。 まだ生きている。 枕元に置かれた時計の針が進む音。 いつの間にかつけられているテレビから漏れる笑い声。 それらの雑音が、僕の頭の中で調和しては反響する。 時計、うるさい。 テレビ、うるさい。 みんなみんな、うるさいよ。 僕は、もう一度目を閉じる。 夢の続きに逃げ込むように。 深海のように暗く深い眠りの中で、キミの夢を見た。 キミの首を絞める夢。 手に残るリアルな感触。 キミの首を絞める。 きつく。 もっと、きつく。 そして、キミの細い喉がはねる。 それを懐かしそうな目で見つめるもう一人の僕。 微笑みながら息絶えるキミ。 そんな夢だった。 僕も死んでしまおうか。 キミを殺せない僕は、いっそ死んでしまおうか。 核融合炉に飛び込んで、消えてしまおうか。 きっと、そこは青く光が輝いて綺麗だから。 僕のいない朝は今よりもずっと素晴らしいはずだから。 キミの朝もきっと素晴らしいはずだから。 僕がいなくなれば、キミは安心できるはずだから。 僕は、まるで拘束具のように体に張り付き纏わりついたいつくつもの線を思い切り引き抜いた。 これで楽になれる。 これで楽になれる。 これで…………。