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見城徹
t.aoyama
t.aoyama
ご返信ありがとうございました。なるほど確かに大した努力じゃないんでしょうね。私はキーマンに会うために何度も手紙を出したり本を2冊丸暗記して面談に臨むような類の事はしたことがなかったです。そこまでしなくてもなんとかなる程度の努力だったと恥ずかしく思いました。なんとなくマンネリ化していたので、今回とても刺激を受けました。今日から始めます。

前回、消してしまったトークに書きましたが、もう一度、はっきり書きます。 ほとんどの皆さんの圧倒的努力と僕の圧倒的努力とではレベルが違うと思います。 僕の本や発言に影響されて皆さんがやっている圧倒的努力は多分、自己満足のレベルです。 威張って言っているのではありません。それがちゃんと解らないと結果が出ないからです。小さな結果のようなものが1000重なって、ようやく一つの結果になります。とんでもなく辛くて苦しい道を匍匐前進して、1つの結果が10になり100になり1000になります。その時、貴方は貴方のいる世界で仕事が出来ると認められ始めます。そこをそれまでにも増した圧倒的努力で突き抜けると、もっと大きな世界を貴方が動かしていることを実感します。振り返ると途轍もない急勾配の坂を登ったことに気付くのです。 圧倒的努力とは、そういうことです。

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見城徹のトーク
トーク情報
  • 見城徹
    藪 医師(中山祐次郎)藪 医師(中山祐次郎)

    「幻冬舎で本を出す」というのが、30歳の頃の私の夢でした。薄っぺらく浅はかな、それでいて驕り切った男でした。
    見城さんには、すべてを見透かされていたと思います。私の下心。適当さ。あさましさ。
    それでいて私を作家にして下さった見城さん。

  • 見城徹
    見城徹

    おはようございます。2024年11月15日。今朝も大阪の会員制の鮨店[mikami limited 50]、そのセカンドラインの居酒屋形態の[福や](ここは極上の鮨だけでなく、パスタやハンバーグ、カニクリームコロッケなど洋食も食べられます。勿論、誰でも店に入れるし、値段も安い)を経営する鮨職人・三上雅博がアップしてくれた2019年8月の僕の755をリトークします。↓

  • 見城徹
    見城徹見城徹

    [天よ、百難をわれに与えよ]と言ったのは中国の後漢末の武将・曹操孟徳だったか?
    百難を一つ一つ捩伏せてやる。辛くて苦しくて逃げたいけど、そう言い聞かせて立ち上がるしかない。曹操孟徳の言葉は[奸雄たらずとも、必ず天下の一雄になってみせる]と続く。僕は天下の一雄になるなんて興味も実力もないけど、社員と友と仕事のためには百難を引き受ける。

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  • 見城徹
    三上雅博三上雅博


    おはようございます。
    2019年8月の親父の投稿のリトークです。

    「願わくば、我に七難八苦を与えたまえ」
    尼子氏の家臣「山中鹿介」(幸盛)の言葉。
    戦国の世で尼子家再建を三日月に祈ったと伝えられています。それを思い出しました。
    僕は少年時代、この言葉に胸を射抜かれました。ずっとこの言葉が僕の中に生きています。
    天よ。神よ。三日月よ。百難を僕に与えたまえ。僕が愛する人達のために。

    皆様本日も宜しくお願い致します。

  • 見城徹
    見城徹

    ↑ それしかない。道が八方塞がりでも、まだ二方は空いている。僕はいつもそう考えます。
    圧倒的努力は岩をも通す!