見城徹見城徹2018年11月03日 15:36僕が角川書店を辞めることになるきっかけは、突然やってきた。それは本当に青天の霹靂だった。 1993年8月29日。角川書店の角川春樹社長が、コカイン密輸疑惑で逮捕されたのだ。社内は大混乱に陥った。角川春樹は獄中で代表取締役社長を辞任。 僕は編集部門の全てを統括する取締役だったが、即座に角川書店を去る決意を固めた。角川春樹のいない角川書店に僕は居るつもりはなかった。それが仁義というものだ。 僕を誘ってくれる出版社は数年前からいくつかあった。しかし、最初は20数人の部下が僕に付いて行きたいと申し出てくれて、一人で他社に移籍する選択肢は消えた。ならば出版社を設立するしかない。初めは僕を含めて6人が限界だった。1993年11月12日、五木寛之さんが名付けてくれた[幻冬舎]は新宿区四谷三栄町に設立登記された。100人が100人、すぐに失敗するとの大合唱。僕は42歳。不安と恐怖の旅立ちだった。 あれから25年が経とうとしている。幻冬舎は生き残った。 2018年11月12日。「幻冬舎創立25周年記念出版」として百田尚樹[日本国紀]は出版される。
見城徹1時間前見城徹見城徹自分で汗をかきましょう。手柄は人に渡しましょう。そして、それを忘れましょう。最初の2行は竹下登元首相の言葉。最後の1行は氏家齊一郎日本テレビ元会長が加えた言葉だ。この3行が胸に沁みる今日この頃。4611351
見城徹1時間前見城徹見城徹検索すると何人かがさも自分の言葉のように言っているが、事実は竹下登と氏家齊一郎の言葉が合わさったものだ。氏家齊一郎さんによく言われた。「俺が加えた1行は俺にも出来ない。見城、君は出来るようになれ」14396
見城徹1時間前三上雅博三上雅博↑おはようございます。2019年8月の親父の投稿のリトークです。毎日、親父の投稿を見て自分を奮い立たせています。辛い時、苦しい時、負けてしまいそうな時、親父の言葉に勇気を頂いています。今日も気合いが入ります。よし、やるぞ!皆様、本日も宜しくお願い致します。146
見城徹1時間前望月輝子望月輝子「たった一人の熱狂」トレーニング、【53】買い物の極意オーディオブック+本にて。見城さんの身につけられるものはすべて、見城さんを美しく引き立てている。これぞ着こなしの極意だ。例えば私が高級品を身につける機会があったとしよう。確実に高級品が浮き立つ。やはり体と心、教養と精神を磨かれ続けていらっしゃる方は身につけられるものすべてが相応しく、同じ物でもオンリーワン化する。755で見城さんを見ているとそう思うのだ。私は、まず心身の鍛錬。そして脱皮して審美眼を育ててから。お買い物はそれからだ。押忍‼︎273