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見城徹

[差別]という言葉を現実の具体的な差別というイメージで捉えないで下さい。差別というものは人間がある場所に生き、自然や建築物に染まり、時間に犯される存在である限り、何人も生まれ落ちた以上、決して避けては通れないものなのです。つまり、人は場所や自然、時間に必然的に差別され、自分の物語を紡ぐのです。だから[差別=物語=宿命]なのです。「差別を無くそう」とか「差別は良くない」というフラットな意味合いではないのです。全ての人間が差別の桎梏から逃れることは出来ない訳で、差別こそが人間の根源なのです。喜びと哀しみも、希望も絶望も、涙と笑いも、善と悪も、感動と葛藤までも全ては[差別=物語]と共にあります。私たちは差別という物語を生きて死ぬのです。差別のない世界は、のっぺらぼうで薄っぺらになります。場所と自然と時間がない世界など存在しません。あるからこそ人間の人生は苦悩と歓喜にスウィングするのです。 [無謀漫遊記]は受難の歴史(時間)を背負った川岸の場所に権力の象徴である徳川幕府の副将軍がやって来るという設定です。そこから露わになる必死にもがいて生きる小さな人々の泣き笑い。場所と自然と時間に蹂躙されてこそ人々は光り輝く。[無謀漫遊記]は「差別=物語」の根源を涙と笑いと感動のエンターテイメントに昇華した、この世あらざる舞台なのです。

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